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表紙

手を伸ばせば その152


 もうそろそろ帰らなければ、という時間ぎりぎりまで、ジリアンはオッターボーン通りの家でねばった。 新婚二日目で、ここは既に家庭の雰囲気があった。 堂々と豪華だがよそよそしいデナム公爵邸とはえらい違いだ。


 それでも午後遅くなると、捜索隊を出されるのではないかと心配になった。 ジリアンは、もっと話したい様子のマデレーンにキスして別れを告げ、またすぐ来ると約束して、席を立った。
 屋敷の端にある洗面室には、当時最新型の簡易水洗トイレがついていた。 鏡で身づくろいしてから出てきたジリアンは、庭に咲き乱れる純白の蔓薔薇に目を惹かれ、脇のドアから外に出て、小道を歩いた。
 屋敷と平行して、のんびり庭を散策していると、不意にサンザシの茂みの奥から大きな姿が現れた。 パーシーだ。 ほとんど人目につかない場所なので、ジリアンはいそいそと彼に近づき、二人は同時に手を伸ばして抱き合った。
「やっと一人になれたのね」
 ジリアンといるときだけ見せる無邪気な笑顔で、パーシーは彼女の背中に回した腕に力を込め、ふわっと持ち上げた。 二人の顔が、ほぼ同じ高さになった。
「それはこっちのセリフだよ。 もう二人きりになれないかと思った。 間もなく故郷へ帰っちまうのにさ」
 その一言ごとに、唇が合った。 羽根のようなキスだが、強い想いが篭もっていた。
 ジリアンは、パーシーの首に両腕を巻き、産毛が髭に変わりかけている顎に頬をすり寄せた。
「手紙を書くわ。 ちゃんと届くことを祈って」
「最近は、途中で消えるのが減ったって話だ」
「国内だから大丈夫よね」
 また唇が重ねられた。 今度は本格的なキスになった。
 短く息を吐きながら、パーシーが念を押した。
「どこかへ旅行することになったら、必ず知らせてくれよ。 俺もなんとかして行くから」
「ええ、手紙に書くわ。 まだ夏休みは始まったばかりだもの。 あなたと一日でも長く一緒に過ごしたい」


 細長い長方形の形をした庭園の外れで、ハリエニシダの茂みが小さく動いた。
 枝の陰に、若い男が前のめりになって立っていた。 彼の目は暗く光り、唇は一文字に引きしめられていた。









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