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手を伸ばせば その150


 たとえヘレンたちの行方がわかったところで、デナム公爵邸に戻れる可能性はほとんどない。 母の怒りはそれほど強く、激しかった。
 ジリアンとフランシスは、考えつくことをすべてやって、母を説得しようとした。 駆け落ちが知れ渡れば、面目を失うのはクリフォード一族だけではない。 熱心に求婚し、婚約間近だと噂されていたハバストン侯爵ジェラルド・デントン・ブレアも、振られ男として立場がなくなるのだ。
「ジェラルドに恥をかかせたくないでしょう? 彼が先にヘレンへの申し込みを止めて、その後ヘレンがクロンショーさんに目を向けたことにすれば……」
「おまえのつまらない計画など要らないわ」
 母のジュリアは、にべもなくジリアンの提案を遮った。
「もう手は打ってあります。 クロンショーが遺跡を見に行ったことにしてくれて、助かったわ。
 彼の家族に言い渡したの。 ゴードン・クロンショーは、一人で遺跡の発掘に加わっていることになるはずよ。 たとえ本当はどこにいるにしても。
 そしてヘレンは、冬にひいた風邪がなかなか治らないので、気候のいいイタリアに行かせたことにしました。 あの子は最近社交界に出たくなくて、頭痛がするとか咳が出るとか言い張っては、さぼっていたのよ。 だから丁度いい口実になるわけ。
 テオ・ダミアーニは私たちに頭が上がらないから、誰に訊かれてもヘレンは自分たちのところにいると言い張ってくれるでしょう」
 ジリアンは唖然として、フランシスと顔を見合わせた。
「二人が結婚しなかったことにするの?」
「ロンドン社交界と、私たちデナム公爵一家にとってはね」
「そんな……」
 ジリアンは寒気がした。 デナム公爵の勢力とジュリアの社交力を結集すれば、たしかに駆け落ちの噂などすぐ揉み消せるだろう。 だが、その代償として、ヘレンと相手のロスは英国へ戻ってこられなくなる。 苦労知らずのヘレンが、知り合いのいない外国で、夫だけを頼りにして暮らすのか。 生活費は? もし子供が生まれたら?
 思わず祈るような眼差しで、ジリアンは窓際に立つ母を見た。 ジュリアの横顔は厳として、岩のように固かった。


 首をうなだれて、家族で話し合っていた書斎をジリアンが出ると、フランシスがすぐ追ってきて、肩を抱いた。
「ハリフォードは徹底的にやる男だ。 たぶん、駆け落ちした二人がどこへ行ったか調べあげるだろう。
 たとえ見つからなくても、おまえか僕のところには、いつか連絡があるはずだ。 どっちかに手紙が来たら、すぐ知らせ合おうな。 幸い僕には小遣いがたっぷりあるから、二人が困ったら援助できる。 絶対路頭に迷わせたりしないよ」
 ジリアンは感激して、兄に抱きついた。 こらえていた涙が頬を伝った。
「ありがとう、フランク! ヘレンも私も、いい兄さんを持って幸せだわ。 これが他所の兄弟なら、世間体が悪いとヘレンを非難するかもしれないのに」










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