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表紙

手を伸ばせば その147


 今度も二人は長く一緒にいられなかった。
 広大な屋敷とはいえ、その広さに伴って使用人が多い。 しかも彼らは早起きして仕事にかかる。 むしろ早朝のほうが人目につきやすかった。
 そのときも、パリッと火のしをかけた男性用ベストを重ね持って、洗濯係のマギーが屋根付き外廊下を忙しく歩いていった。 ジリアンとパーシーは、ササッと張り出しの奥に隠れ、慌しく別れのキスを交わした。
「朝食を取った後、十時頃に出発する予定だ。 送りに来てほしいけど、見かけはこれまで通り冷たくしてくれよ」
「これまで冷たかった?」
「うん、とても」
 パーシーがわざとしおれてみせるので、ジリアンは小さく吹き出して、彼の両手を取って頬擦りした。
「やってみるわ。 お芝居は下手だと思うけどね」


 もうほとんど客の残っていない公爵邸だった。 だから朝食は、小さいほうの食事室に各自が自由に入り、サイドテーブルに並ぶトーストやハム、チーズ、ミニオムレツなどを好きに取る、今でいうバイキング形式になっていた。
 七時半ごろジリアンが廊下を通りながら覗くと、パーシーが弟達と並んで、仲良く食べていた。 エンディコットも向かいの席にいて、若い兄弟たちにさりげなく目を光らせていた。
 まだ食事していなかったジリアンは、中に入って一緒に食べようかな、と一瞬考えた。 でも、コリン達はともかくエンディコットの目をごまかせる自信がなかったので、残念だが止めておくことにした。


 代わりに、ジリアンは台所へ行ってルバーブ・パイの残りを貰い、シェフや台所メイドと談笑した後、部屋に戻って服を選んだ。 さりげないデイドレスで、顔が映えて綺麗に見えるものを。 別れ際、パーシーの記憶に、できるだけ素敵な自分を焼きつけておきたかった。


 十時少し過ぎ、馬車止めにおなじみのラムズデイル家の黒塗り馬車が引き出された。
 ジリアンが、白地に小枝模様のドレス姿で軽やかに降りていくと、馬車のタラップの前で待っていたリュシアンとコリンが歓声を上げた。
「ジリー! おはよう!」
「それに、さよなら! 僕たち、もう帰らなきゃいけないんだって」
「でもね、その前にハーブのとこに行くんだよ。 そうだ、ジリーも来ない? マディに会いたいでしょ?」
 二人に手を取られながら、ジリアンはためらった。
「ええ、そうね。 でも、帰りの馬車がないから」
「またここへ送っていくよ。 それなら大丈夫だから」
 しきりに言うコリンを、積む荷物を指示していたエンディコットが後押しした。
「行きましょうよ。 馬車は充分大きくてゆったり乗れるし、マデレーンさんも喜ぶ」









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