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表紙

手を伸ばせば その146


 デナム公爵夫妻は、長女ヘレンの不名誉な駆け落ちをできるだけ隠し、子供たちや召使にも固く口止めした。
 おかげで、少なくともマデレーンの結婚式の招待客が帰るまでは、スキャンダルは表面化しなかった。
 その間、公爵は領地の管理人ジョン・ハリフォードに頼んでヘレンの後を追わせ、二人の駆け落ち者がどこでどうしているか調べさせた。 ハリフォードは以前、軍隊に所属していて、斥候〔せっこう〕だったことがあるので、調査はお手のものだった。


 パーシーは、互いの心を知った翌日の朝、弟たちや家庭教師のエンディコットと共に、アボッツ村へ帰らなければならなかった。
 予定を知っていたジリアンは、早くから起きて馬車置き場を上から何度も覗いた。 パーシーが家族より先に抜け出してこないかと期待したからだ。
 願った通り、パーシーは日が昇ると間もなく、客用の離れから出て、噴水のある庭を横切り、ジリアンの部屋の下に姿を現わした。
 彼が身をかがめて小石を拾うのを見て、ジリアンは急いで窓を開け、上半身を乗り出した。
 今にも小石を投げあげて、窓ガラスにぶつけようとしていたパーシーの腕が止まった。 整った顔に、少年ぽい赤みがパッと広がった。
 こんな初々しいパーシーを見るのは、初めてだった。 ジリアンは感動で一杯になり、眼をきらきら輝かせながら微笑んだ。
「今、降りていくわ」
 口の形だけで伝えると、パーシーは大きく頷いた。


 一分後、ジリアンは張り出した裏口の柱の陰で、パーシーの腕に飛び込んだ。 二人は強く抱き合い、しばらく無言で優しいキスを繰り返した。
 震える息を吸い込んで、パーシーが囁いた。
「ハーブとマディがいちゃついてたときには、何が楽しくてあんなことやってるんだ、とバカにしてたが、今はよ〜くわかった」
 ジリアンは彼の胸に両手を置き、小柄な体を更に丸めて、子猫のように寄り添った。
「私もアボッツに帰りたい! お母様に頼んでみる。 もし駄目なら、たぶんスコットランドへ避暑に行くことになるわ」
「どっちになっても、俺も行く」
 パーシーはきっぱり宣言した。
「イタリアだって行ったんだからな。 隣の国なんて、簡単だ」
「イタリアはハーブと一緒だったから……」
 そう言いかけたとたん、ジリアンは思い当たった。
「え? じゃ、ハーブに誘われてしぶしぶ行ったんじゃなかったの?」
「その逆。 兄貴が嫌がるのを、むりやりついていったんだよ」
 パーシーはクックッと笑った。
「俺が本当に旅行したかったのは、君とだ。 話が面白いし、退屈しないから。 ハーブは真面目一方で、固すぎて欠伸が出るんだ」









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