表紙目次文頭前頁次頁
表紙

手を伸ばせば その144


 顔中に、唇が押し当てられた。 パーシーがしゃにむに引き寄せているので、ジリアンの体は痛いほど反り、爪先立ちになっても、ときどき足が宙に浮いた。
「好きだってわかってただろう? 絶対気づいてた。 なのに無視するなよ!」
 答えようとしたとたんに、キスを奪われた。 声を出すどころか、息もできない。 怖くなるほどの勢いだったが、ジリアンは嬉しさにぼうっとなって、恐れなど感じなかった。
 いま彼は、好きだと言った。 確かに言った。 この耳で聞いた!
 荒っぽい呻きだったのに、ジリアンはその声を、いつもの澄んだ響きより美しいと思った。


 ようやく顔を離したとき、パーシーの髪は乱れて額にもつれかかり、表情は混乱して、途方に暮れたように見えた。
「君を取り上げられたくない。 でも回りは、寄ってたかって引き離そうとするだろうな」
 大きな、少しざらざらした手のひらが、さっきまでとは別人のように、限りなく優しくジリアンの頬に触れた。
「俺がもっと年上で、独立してたら……せめて自分の財産を持っていたら、君をあの威張り屋の母親から、すぐ自由にしてやれるのに」
 話しているうちに、また顔の筋肉が締まり、鼻孔に力が入った。 彼は、少年とは思えない分厚い胸板にジリアンの額を押し当て、一段と低い声で呟いた。
「こうなったら一か八か、決行するしかないな」


 ジリアンは首をもたげて、丸い眼でパーシーを見つめた。
「何をするの?」
「今の俺にできることさ」
 その声は、きっぱりとしていた。 彼が人生の転機を迎えたことを、ジリアンは悟った。
 漠然とした不安が、心に押し寄せてきて、ジリアンは声を震わせた。
「待って。 すぐ決めないで、よく考えてみて」
「ずいぶん考えたんだよ、実は」
 事実らしい。 その証拠に、激しく鳴っていたパーシーの鼓動は、ずいぶん収まって、ゆっくりといつものリズムを刻んでいた。
「長いこと悩んでいたんだ。 でも、彼の言ったことが嘘じゃないって今夜わかったから」
「彼?」
 パーシーはその問いに答えず、思いつめた眼差しで、静かな庭園の広々とした敷地を更に越えた、遠い彼方を凝視した。
「だから、やってみる。 絶対に、やりとげてみせる!」









表紙 目次前頁次頁
背景:kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送