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手を伸ばせば その142


 その瞬間のパーシーの顔は見ものだった。
 驚きすぎて目が真ん丸になり、口の両端がだらんと垂れ下がった。


 彼が声も出せないでいるのを見て、ジリアンは可笑しくなって、手を伸ばすと彼の腕をポンポンと叩いた。
「私はね、マディみたいな夢見る乙女じゃないの。 大恋愛なんかしたくないし、たとえしたくてもできないわ。 私に憧れて詩を贈ってくれるような男性は、まず絶対に現れないもの」
 パーシーは口を開けたが、結局何も言わずに閉じた。 ジリアンは背中の後ろで手を組み、下向き加減になって、その場をぐるぐる回った。
「あなたがそこそこだなんて言ってるんじゃないのよ。 パーシー・ラムズデイル君は相当ハンサムだわ。 まあ、お宅の兄弟はみんなハンサムだけど。 それに健康で、頭も割といいし」
「褒めてるようには聞こえないぞ」
 パーシーが、ようやく声を出して唸った。
「どうして? もっと華麗に、アポロのように美しく、頭脳は大学教授並み、と言ってほしい?」
「言い方が問題なんだよ。 全然本気で思ってないだろ」
「思ってるわよ」
 ただ、大事に思う順位が違うだけだ。 ジリアンがパーシーを高く買っている一番の理由は、彼の素朴な誠実さだった。 弱い者、たとえば弟たちには荒っぽいが優しく、相手が強者でも、非があればはっきりと言い返す。 それでいてユーモアがあって、引き際はちゃんとわかるという判断力も備えていた。
 パーシーとなら、愉快な人生を送れるだろう。 喧嘩は必ずするだろうが、仲直りの仕方は心得ている。 少なくとも、お互い退屈はしないはずだ。
 でも、二人で楽しく暮らす日なんか、決して来ない。
 イタリアのダンス場で、パーシーが憧れの眼差しを一身に集めていたことを、ジリアンは忘れなかった。 彼は単にハンサムなだけじゃない。 大きい体のわりには動きが敏捷で、独特の魅力があるのだ。 磁力といったほうがいいかもしれない。
 もてる男は目移りしやすい。 兄のフランシスが、そう教えてくれた。 男子だけのパブリック・スクールや大学では、若い娘が見聞きしたら激怒しそうなハレンチな会話や、相当凄い女遊びが日常茶飯事だそうだ。 おかげで、遊ぶ金のある男の子はたいてい悪ずれしてしまい、結婚する前に愛人を囲う者までいたりする。
 兄弟は妹ばかりで、おまけに母が恐怖(?)の独裁制を敷いている家で育ったフランシスは、女性を実際の姿より上にも下にも見ていなかった。 だから健全な考え方をしていて、手の届く範囲から、芯のしっかりした好感の持てる人を見つけるつもりでいた。
「できるだけ両親の喜ぶ人にしたいけど、母上のとんでもない基準には合わせない。 母上はちやほやされすぎて、マハラジャにでもなった気でいるんだ。 だから僕は、単なる美人より心の綺麗な人がいい」
 そこでフランシスは、窓際の椅子に並んで座ったジリアンに、パチッとウィンクした。
「たとえば、おまえみたいに。 おまえが妹で、ちょっと残念だ」


 あれも褒め言葉には聞こえなかった。 やっぱり姉妹の中では不美人と思われてるんだ、とジリアンは感じ、慰めてくれようとしたフランシスに、感謝と共に悔しさの混じった複雑な気持ちを抱いた。
 いつも思う。 初めて逢ったときから、パーシーは無愛想だった。 それに、ジリアンなんかちっとも綺麗じゃないと、遠慮なく言い続けた。 たまたま家が隣同士だったから友達になったが、遊び仲間として気が合っても、ロマンティックのかけらもなかった。
 初めてのキスだって、兄のハーブの恋が実ったのを見て、刺激されて思わずしてしまったものだし。
 
 私はただ、パーシーが思春期を過ごすとき傍にいた女の子というだけなんだ。 そうジリアンは思っていた。 練習台は、本命が現れれば、物置にしまいこまれる。 たとえヘレンみたいに駆け落ちしたところで、熱が冷めて彼が真実の相手を見つけたら、惨めな結果になるだけだ。
 だから、彼を好きにならないようにしていた。 これまでは、だいたいうまくいっていたのだ。









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