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手を伸ばせば その141


「駆け落ちのこと?」
 ジリアンが囁き声で尋ねると、パーシーは頷いた。
「ゴードン・クロンショーってどんな男か、さっきフランシスに聞いた。 そうしたら、金はないけど、樫の木のようにまっすぐで、眼がきらきらしてる奴だって」
 確かにそういう人だ。 ジリアンは、リヴァース子爵の称号を持つゴードン・ロス・クレンショーを、二度ほど見かけたたことがあった。 街で彼が友達と談笑しながら通り過ぎるところと、妹のフェイスの買い物に付き合って、店先で金を払っているところを、ちらっと眺めただけだったが。
 彼が、ヘレンの想いを寄せる『ロス』だとフランシスに教わらなかったら、まったく気が付かなかったかもしれない。 それぐらい平凡な容姿だった。 背丈はそこそこ。 小さくも大きくもない。 髪の色もパッとしなくて、金髪と茶髪が混じった多量の毛髪が、帽子を押して斜めに持ち上げていた。
 顔立ちは、ごく普通だった。 感じはいいが、ただそれだけ……とジリアンが第一印象を締めくくろうとしたとき、ふと彼と目が合った。
 するとロスは口元を緩め、通りを隔てた二人のうち、まずフランシスに手を上げて挨拶し、それからジリアンに視線を移して、帽子を軽く持ち上げた。 ジリアンは初対面でも、向こうは彼女の顔を知っていたらしい。
 見つめられた瞬間、ジリアンは思わず目を見張った。 こんな澄んだ瞳は見たことがない、と思った。 ロスの眼は艶々とした栗色で、なんともいえない魅力をたたえていた。 ひたむきで純粋な心が、底まで透けて見えるような。


「リヴァース子爵は、お金がないといっても、普通に暮らしていけるぐらいの収入はあるらしいの。 それに将来は、ジェラルドと同じ侯爵の位を継ぐんだし。 お母様がなぜあんなに結婚に反対して怒るのか、私にはわからないわ」
「ジェラルド・デントン・ブレアか……」
 単調な声で呟くと、パーシーは大きなブナの幹に手を置いて、肩を寄りかからせた。
「なあ、ジリー」
「なに?」
「もし俺が」
 そこで彼は珍しく口ごもり、小さく咳払いした。
「ありえない話だけど、大金持ちの侯爵か公爵だったら、結婚するか?」


 ジリアンは、しばらく無言で同い年の少年を見つめていた。 終いにパーシーは居心地が悪くなって、勢いをつけてブナの大枝に飛びつき、ぶら下がって体を揺らし出した。
「簡単な質問だろ? なんで答えないんだ?」
「ほんの仮定として」
 ジリアンは、重い口調でようやく切り出した。
「あなたがラムズデイル大公爵だとしましょう。 それで、正式にうちへ結婚申し込みに来たら、両親は喜んで承知すると思うわ」
 パーシーは、一段と体を大きく振り、ゴリラのように脚を曲げて、ジリアンのすぐ前に着地した。
「それで、君自身はどうなんだ?」
 ジリアンは、目前に立ちはだかる大きな体から視線を外すと、中庭にきらめく噴水池にゆっくりと移した。
「私は、気が合ってて、一緒にいて楽しくて、冗談の通じる人と、ずっと仲良く暮らしたい」
「たとえば、誰みたいなのと?」
 パーシーの声に、いがらっぽい重みが加わった。 彼にしては妙に真剣に問われた気がして、ジリアンは視線を戻し、月光が斜め上から影を落とす端整な顔を見上げた。
「わかってるんじゃない? 今の言葉、あなたそのものじゃなかった?」










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