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手を伸ばせば その139


 ジュリアは、ゆっくり首を巡らせて、末娘の上気した顔を初めて見るようにしげしげと眺めた。
 それから、氷のような声で問い返した。
「私がお父様に失望しているとでも?」
「いいえ、お母様。 可能性を言っているんです。
 確かにお母様なら、ジェラルドを巧みに引き回すことができるかもしれません。 でも、ヘレンは優しすぎて、夫を操るより、引きずられてしまいそう。 特にジェラルドのように、甘やかされて自分の意志を通すのに慣れた人には、振り回されてしまうわ」
「偉そうに!」
 ジュリアはそう吐き捨てると、ジリアンの手を腕から払い落とした。
「親より自分の方が目が高いとでも言いたいの!」
「いいえ! ただ、物心ついたときからずっと一緒に暮らしているから、ヘレンがどんなに穏やかで争いを好まないか、どれだけ耐えていたかを知っているんです。 長女で、あんなに美しく生まれたために、いつも周りの期待に応えようと一生懸命でした。 私たち妹にも本当に気配りしてくれて、最高のお姉様だと思ってます。
 だから、幸せになってほしいんです。 これまでまったく逆らわなかったお姉さまが、初めて自分の意志を通したのは、よほどの決意です。 お願い、お母様、ヘレンの目を信じて、幸せを祈ってあげて下さい!」


 ジュリアはすぐには答えず、黙って立ち尽くしていた。
 カタンというかすかな音をさせて、デナム公がブランディグラスを丸テーブルに置いた。
 低く咳払いすると、公爵は妻に声をかけた。
「どっちみち、もう追っても無駄だし間に合わない。 こうなったら、スキャンダルをできるだけ避けるのが正しい道ではないかな?」
 大きな暖炉の中で、油絵の角が枠からめくれあがり、波型の炎を上げてから、黒く縮れていった。
 ジュリアは、口の端に皺が寄るほど強く、唇を閉じ合わせた。
 それから、ゆっくりとまた緩めて、不思議なほど静かに言った。
「あなたのおっしゃる通りだわ」
 ジリアンとフランシスが、ほっと胸を撫で降ろしかけたその瞬間、母は暗い力のみなぎる視線を、ただ一人残った娘に据えた。
「でも、ヘレンとその夫を、家族としてこの家に迎えるかどうかは、おまえ次第よ」
 驚いて、ジリアンは目をしばたたいた。
「え?」
「上の娘たちは、私を失望させたわ。 非常にがっかりしています。
 だからこそ、おまえには最高の縁組を期待していますからね」










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