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手を伸ばせば その136


 それから、ジリアンは三度目に階段を上り、ヘレンの部屋に入ってガス燈の明かりをつけた。
 優雅な猫足の書き物机は、きちんと整理され、ペン立てと一輪挿しが置いてあるだけだった。 洋服箪笥と引き出しは、半分ほど空になっていた。 当座の着替えを持っていったのだ。
 ジリアンは、半時間ほどかけて隅々まで探した。 屑篭まで覗いてみたが、手紙の類はどこにもなかった。 捨てられた書き損じさえない。 がっかりして重い足取りで、ジリアンは姉の部屋を出て、ようやく自室に向かった。


 部屋の中では、姉妹共通の小間使いのベティが暖炉に火を起こしていた。
 ジリアンの足音を聞きつけて、ベティは体を起こした。 不安げな表情が目についた。
「ドレスがベッドの上にありましたからね。 お着替えのとき、寒いと思いまして」
「ありがとう」
 かすれの入った声で、ジリアンは辛うじて答えた。 すると、ベティは立ち上がって、心配そうに言った。
「顔色が悪いですよ。 見物でお疲れですか?」
「ああ、ベティ」
 ヘレンが行ってしまったの!、という叫びが口からこぼれそうになった。 だがそのとき、ベティのほうが先に言葉を継いだ。
「そうでした。 これをお渡ししないと」
 エプロンのポケットから掌ほどの大きさの箱を出して、ベティはジリアンに渡した。
「すてきなハンカチをお土産にもらったから、お返しだそうですよ。 ヘレン様から」


 ジリアンは、その箱をほとんど引ったくり、薄い包み紙を裂くようにして蓋を開けた。
 中には、薄紫のキッドの手袋が入っていた。 手首のところに凝ったリボンワークがほどこされていて、最高級品とすぐにわかった。
 その下に、きちんと畳んだ長方形の紙が見えた。 震える指で取り出すと、ジリアンは急いで紙を開いた。


『大事なジリーへ
 私は、リヴァース子爵ゴードン・クレンショーと結婚します。
 こんな形で出ていくことになって、心が痛みます。 特に、あなたにまで秘密にしなくてはならないのが、たまらなく辛かった。
 一刻の猶予もならなかったの。 お母様はハバストン侯爵との結婚を決め、ためらっていたお父様の承諾を取り付けました。 明日にでも正式な発表が出されるはずだったのです。
 私の振舞いで、あなたやマディに迷惑をかけるのはわかっています。 本当にごめんなさい。 でも、ゴードンと力を合わせて頑張って、いつか胸を張って戻れるようになりたい。
 どこにいても、あなたとマディ、それにフランクの幸せを祈っています。
         不肖の姉 ヘレンより』











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