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表紙

手を伸ばせば その132


 その日はたまたま金曜日で、入場料割引がなく、きっちり二シリング六ペンス取られたため、入場客は平日ほど多くはなかった。
 それでも、優美な『水晶噴水』のある入り口付近には、晴れ着をまとった老若男女がつめかけていた。
「けっこう人出があるな。 この前は土曜日に来たから、ゆっくり見物できたんだが」
「五シリングも払ったの?」
「そうだよ。 マハラジャ気分だった」
 冗談を言いながら、フランシスは妹の手を取った。
「離れるなよ。 迷子になったら大変だ」


 中は、当時としては考えられないほど広い空間だった。 三段のピラミッド状にガラス窓がずらりと並び、天井もガラスで、光が隅々まで届いている。 しかも、中央部の柱がほとんど見当たらず、もともと生えていた大木が数本、大きな枝を広げていた。
 一応、展示物は六種に分類されていて、コーナーのようなものができていたが、置かれている物は驚くほど雑多だった。 町で普通に見かける馬車や、時計などまで並んでいて、大きな質屋の倉庫じゃないかと勘違いする場所もあった。
 人々が興味を持つのは、機械の新製品コーナーで、アメリカの自動刈入れ機や種まき機には、農場主と思われる男性たちが目を輝かせて集まっていた。
 しかし、何といっても凄い人だかりになっているのは、宝飾品の展示場だった。
「あそこ、何があるの?」
 ぴったり兄に身を寄せて歩きながら、ジリアンが尋ねた。 フランシスは目を丸くして、妹を見返した。
「知らないのか? ほんとに普通の娘と違うな。 あそこに飾ってあるのは、コイヌールだよ。 去年女王様に贈られた世界最大のダイヤモンドさ」
「ああ」
 ジリアンは納得した。 たしか百カラットを越すという、巨大なダイヤだ。
「見てみるかい?」
「そうね、学校に帰ったときの話の種に」


 鳩の卵ぐらいもあるダイヤは、首飾り状に加工してあったが、本当に首にかけたら肩が凝って歩けないほどの代物だった。
 横には、これも劣らぬ大きさのダライヌール・ダイヤも展示されていて、武装した護衛が厳重に守っていた。
 人だかりの中に、兄妹はようやく仲間の姿を探し出した。 彼らのほうもジリアンたちを見つけて、見物客を縫うようにして歩み寄ってきた。
「よう、やっと到着したな。 しばらく待ってたが、いつまで経っても君たちの馬車が追いついて来ないんで、先に入ったんだ」
 子爵の息子で心配性のニコラスが、ほっとした様子で声をかけた。 ローウェルやミーシャム卿令嬢のヴェロニカも傍にやってきて、ジリアンの到着を喜んだ。
「いやー、ヘレンが急に気分が悪くなってね、仕方なくアンの家に置いてきたんだ」
「それは大変だったわね」
 なにげないヴェロニカの一言が、ジリアンの胸に強く響いた。
 大変……。 そういえば、さっきから胸騒ぎがする。 理由はわからないながら、後ろ髪を引かれるような気がするのだ。
「ヘレンは大丈夫かしら」
 ジリアンは、思わず小声で、フランシスに問いかけていた。










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