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手を伸ばせば その129


 そこへ新たなざわめきが起きた。 ジリアンは、わざわざ入り口を見なくても、原因がすぐわかった。 ヘレンが食事室へ入ってきたにちがいない。
 ポケットに手をつっこんだまま、パーシーが物憂げに呟いた。
「すげぇ。 シャンデリアが一個増えたみたいに、部屋がパーッと明るくなった。 君の姉さん、今夜は特に綺麗だな」
「ヘレンはいつだって美人よ」
 そう言いながら何気なく振り返ったとたん、ジリアンの目も釘付けになった。
 ほんとだ。 今夜のヘレンは、髪の色に合わせて蜂蜜色のドレスをまとっている。 そのせいか、または晴れやかな笑顔のおかげか、全身に光がまとわりついているように見えた。
 賞賛のざわめきが収まった後、ワインカラーのどっしりした衣装を苦もなく着こなしたジュリアが、夫と腕を組んで堂々と現れ、客たちの席順を決めた。 彼女は、まだ五十人を超えている残りの客達の名前と身分を、完全に把握していた。


 ジリアンは、ローウェルとパーシーに挟まれて座った。 ローウェルは嬉しそうに、タッタソールの馬市で掘り出し物の黒鹿毛を買った話をし始めた。 ジリアンは適当に相槌を打ちながら、左横のパーシーも会話に入れようと、さりげなく努力した。
「馬といえば、ロマの人たちは凄いわよね。 ほら、前にアボッツ村で曲乗りしてたじゃない? 馬を走らせたまま、鞍の上で逆立ちしたりして」
「アボッツ村って、公爵の本宅があるところでしょう?」
 あいにく、パーシーが答える前にローウェルが割り込んできた。
「すばらしいお屋敷なんだそうですね。 夏にポーツマスへ行く用事があるんですが、お宅に寄っていいですか?」
 しきりに自分を売り込む青年が、ちょっとわずらわしくなって、ジリアンは愛想よく答えた。
「喜んでお迎えしますわ。 でも、今年の夏は母の提案で、涼しい場所へ避暑に行く予定があるので」
「どちらですか?」
 ローウェルは勢い込んで尋ねた。 そこまで遠征してくる気らしい。 パーシーがうんざりしたように低く鼻を鳴らすのを聞き取って、ジリアンは笑いをこらえた。
「まだ決まっていません」
「そうですか……」
「なあジリー、明日何時に集合だ?」
 パーシーが、分厚いミートローフを切りながら無造作に訊いた。 とたんにローウェルが耳をそば立てたが、ジリアンは構わずに明るく答えた。
「朝の九時」
「なあに、集合って?」
 パーシーの横にいたヘレンが、首を伸ばすようにしてジリアンに尋ねた。
「ああ、フランク兄さんが、みんなで一緒に博覧会に行かないかって」
 ヘレンはフォークを持った手を止めた。 そして、少し考えてから、珍しく高い声を出した。
「そんなこと、私には全然言ってなかったわ」
「たまたま会わなかったんじゃない?」
「そうでしょうね。 でも、置いてかれるのは嫌だわ。 私も行く」
 ジリアンは喜び、パーシーの背中越しに腕を伸ばして、ヘレンと指先を握り合った。
「よかった! 女性陣は私ひとりになりそうで、まずいなーと思ってたのよ」










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