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手を伸ばせば その125


 やがて、若い世代も踊りたいと言い出した。 ピアノがうまいソフィア・レイノルズが、請われて楽器の前に座ると、次々に注文が飛んだ。
「カドリール!」
「いや、やっぱりカントリーダンスがお祝いにふさわしいよ」
「楽しくやろうぜ。 ワルツお願いします!」
 育ちのいい連中がざわめいた。
「ワルツはまずいだろう」
「あんなのダンスホールで踊るいかがわしいダンスだって、親に言われてるよ」
 提案したジャック・サマーが、大きく腕を振って、反対派をからかった。
「だからいいんじゃないか! さっきから大人は全然覗きに来てないし、今がチャンスだ」


 若者たちは顔を見合わせた。 確かに、禁止されているからこそ、面白味がある。 ジリアンが隣の音楽室から楽譜を取ってきて、ソフィアに渡し、すぐ元気なワルツの演奏が始まった。
 少年達は我がちに、目当ての少女の傍に飛んでいった。 あっという間に、ジリアンは四人に囲まれ、無難なエンダービー伯爵の息子ローウェルを選んだ。
 その様子を見ながら、フランシスが呟いた。
「そつがなくなってきたな、あいつ」
 フレディも、賑やかに踊り出した若者たちを眺めた。
「君の妹さん? そうだね、似合いの組み合わせだ。 身長もちょうどいいし」
「僕達も踊るか。 椅子に座ってばかりいるとジーさんみたいだから」
「もうそう思われてるんじゃないか?」
 フレディが冗談を言った。
「あの子たちから見れば、二十歳過ぎは年寄りだ」
「俺は一日でも早く年取りたいね」
 しばらく無言だったパーシーが、不意に声を出した。
「十八になったら、やりたいことがあるんだ」
「君は大学へ入るんだろう? ハーブが言ってたが、兄弟で一番成績がいいそうじゃないか」
「だから弁護士か医者になれって? そんなのこの俺に務まると思うかい?」
 パーシーは、乾いた声で低く笑った。
「ある野郎の鼻を明かしてやりたいんだ。 一発、ガツンと。 そいつは、俺を自由に動かせると思ってる。 操り人形みたいに」
 小さく顔が歪んだ。
「いや、ドッグレースの犬みたいにだ。 奴の言いなりになんかなるか! 利用されてポイされるに決まってる。 もしかすると、あっさり消されるかも」
 ただごとでない響きに、フランシスは鋭く顔を上げた。
「何の話だ? どうしたんだ」
「いや」
 額を軽くこすって、パーシーは自分を取り戻した。
「目的のために手段を選ばない人間がいるってことだよ」
「そんなの、いくらでもいるよ」
 フレディが冷静に応じた。
「君が本当に困ってるなら、フランクに打ち明けたら? 軽く見えるが、見かけより頼りになるよ」
「見かけよりって……」
 フランシスがぶつぶつ言うと、パーシーはようやく表情を崩した。
「いや、頼りになるのは知ってる。 だから話したんだ。 俺に何か起きたら、思い出してもらえるように」
「何かって、何が?」
「わからない。 まだ」
 パーシーは立ち上がり、ダンスの群れには目もくれずに、人々の間を縫って、廊下に姿を消した。










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