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表紙

手を伸ばせば その123


 ジリアンとフランシスが、若者向けに用意されたメイン会場の横の部屋に入ると、あちこちにたむろしていた少年たちから、溜息とも歎声ともつかないざわめきが起きた。
 たちまちジリアンは、数人に取り囲まれ、前へ進めなくなった。 口の達者な子爵の息子ヘンリー・ブロックが、しきりに話しかけてジリアンを独り占めにしようとしたが、他の若者もそうはさせないと彼女の脇を固め、ガンとして動かなかった。
「ジリアン、今夜は一段ときれいだね」
「あなたも素敵だわ、ヘンリー。 姉の披露宴に来てくれてありがとう」
「いや、僕はマデレーンより君に会いたくて来たんだ。 もちろん結婚は祝福するけど」
 ほんの五年前、ブロック家でお茶会があったとき、ヘンリーと弟のマイケルが庭の踏み石をツルツルに磨いて、客の女の子たちを巧みに呼び出しては、すべって転ばせようとしていたことを、ジリアンは急に思い出した。
 結局、転んで尻餅をついたのは、パティ・ランドンの付き添いのグレアム夫人だった。 夫人は腰痛を起こし、ヘンリーとマイケルは屋根裏部屋へ追いやられた。 鞭でお仕置きされたという噂もあった。
 あの頃の兄弟は、女の子嫌いで有名だった。 それが今では別人のようだ。 ジリアンは思い出し笑いを隠そうとして、下を向いて扇を広げた。
 その仕草は、本人が考えてもいなかった効果を生んだ。 白いうなじがシャンデリアの光に照らされて、なまめかしいほど女らしく見えたのだ。
 窓際の椅子に座って、薄めたワインを口にしていた二人の少女が、小声で囁きあった。
「豪華なレースね〜。 普通なら、もう二、三年してから着るわよね。 あんな大人っぽいドレスは」
「親の地位とお金があるから、あんなにちやほやされてるのよ。 顔なんて大したことないじゃない」
「そりゃ、薔薇の女王と言われる姉さんのヘレンに比べればね。 マデレーンはもう結婚しちゃったし、ヘレンもハバストン侯爵と婚約間近だっていうし、残ってるのは、あの子だけだから」
 二人の内緒話は、切れ切れにジリアンの耳に届いた。 今さら傷つくような噂でもなかったが、冷静な気持ちになるには充分だった。
 上気した取り巻きたちの顔に、わけへだてなく微笑を投げると、ジリアンは提案した。
「みなさん楽しんでくださいね。 裏の廊下でボーリングができるの。 誰か挑戦したい人は?」
 聞きつけた男の子たちが、一斉に手を上げた。 窮屈な服装にうんざりした活発な連中や、目立ってジリアンに認められたい未来の求婚者たちだ。 彼等はがやがやと笑いさざめきながら、燭台で照らされて昼間のように明るい廊下に繰り出した。 女の子たちも、見物や応援のために、次々と部屋を出た。


 大部分の若い客たちが出払った後、正面のドアから若者が一人、悠々と入ってきた。 窮屈なカラーやきっちりした仕立てのベスト付きの夜会服を、楽々と着こなしている。 とても十代とは思えない落ち着きがあって、窓辺で学校友達と語り合っていたフランシスが、一瞬見違えたぐらいだった。
「あれ? ああ、やっぱりパーシーか」
 パーシーは薄く笑い、二人のほうへぶらぶらとやって来た。
「そうだよ、フランク。 今日からは義理の兄弟か。なんか変な気分だな」











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