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表紙

手を伸ばせば その121


 その夜、グローブナーのクリフォード邸前は、馬車の到着が引きもきらず、賓客に慣れている使用人たちでさえ、さばき切れないほどだった。
 最高級のイタリア産大理石を張り巡らせた玄関に、着飾った淑女たちがドレスの裾を引き、夫や親戚のエスコートで次々と、すべるような足取りで入って行く。 毛皮やベルベット、サテンなどの豪華なコートを、従僕が交代で預かり、紛れないようカードを挟んで、衣装部屋へ運んでいった。


 大広間を三間続きにしたパーティー会場には、隅々に花が飾られ、香りが招待客の香水と入り混じって、むせるほど濃厚な空気になっていた。
 正式な舞踏会なので、広間の入り口に招待客が姿を見せると、儀杖兵のような立派な杖を持ったパトリック(屋敷の従僕の中で一番大柄でハンサム)が、豊かなバスバリトンを張り上げて、名前を紹介した。
「メレディス・デリング男爵ご夫妻様〜」
「レディ・ギレンとハーマン・ホイットフィールド将軍閣下〜」
 呼び間違えたら大変だから、緊張して声が上ずっている。 ジリアンは、屋敷一番の社交界通で、パトリックに名簿をさりげなく指差して教えている元執事のジョサイア・オズボーンに、チラッとウインクして、笑顔でねぎらった。
 ジョサイアもすぐ気づき、微笑して頷いた。 彼は、公爵家の現執事の父親でもあった。
 スカートの裾を踏まないように軽く持ち上げて、階段を降り切ろうとしていたとき、ジリアンの肩を誰かが掴んだ。 ハッとして振り返ると、一部の隙もない礼装に身を包んだフランシスが、いたずらっぽい表情で妹に寄り添ってきた。
「よう、久しぶり」
「フランク!」
 仲のいい二人は、ギュッと抱き合って再会を喜んだ。
「式に来てた? 探したけど見えなかったの」
「いたよ。 ちょっと遅れて、後ろのほうに座ってたんだ」
 ジリアンは早口で尋ねた。
「どうして遅れたの?」
「前の列車が事故に遭ったんだよ。 セント・オルバンスの手前で。 カーブでスピードを落としてたんで、脱線しただけで死人は出なかったらしいんだが、復旧するのに丸一日かかってさ」
「大変だったわね」
 ジリアンが同情すると、フランシスは平気な顔でニヤッと笑った。
「退屈しなかったよ。 拳闘の試合を見に行ったり、馬市を冷やかしたりして、時間をつぶしたんだ」
「最近、汽車の事故が多いわね。 悲惨な大事故にならなくてよかったけど」
「まあ、それでも汽車は速くて助かるよ。 馬をしょっちゅう取り替えなくても、座ってるだけで遠くへ行けるし」
 兄のこの何気ない言葉が、間もなく重大な意味を持ってくることを、ジリアンはそのとき、想像もしていなかった。












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