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手を伸ばせば その119


 ジリアンは無意識に赤くなり、口ごもってしまった。
「あの、背が伸びたとは言われますけど」
「いやー、大人っぽくなったのは貴方のほうですよ」
 エンディコットは、ジリアンからなかなか目が離せない様子だった。 それを見て、パーシーが夕立雲のように表情を翳らせ、ずかずかと戻ってきた。
「もう行きましょう。 先生こそ、そこに立ってると馬車に轢かれますよ」
 たしかに、四頭立ての馬車が速度を落として近づいてきていた。 エンディコットはジリアンに微笑みかけて会釈してから、下の子たちをせきたてて、玄関に入っていった。


 ジリアンも後に続こうとした。 その前に、すっとパーシーが立ちふさがった。
「あいつらに構うなよ。 もう子供と遊ぶ年じゃないだろ?」
「別にいいじゃない」
 肩にかかった巻き毛を揺らして、ジリアンは言い返した。
 新しく到着した馬車から、年配の夫婦らしい男女が降りてきて、向き合った若い二人を眺めていた。 それに気づいたパーシーは、強引にジリアンの肘を取って、植え込みの方角へ歩き出した。
「ちょっと、なに!」
「ジロジロ見られてる」
 ジリアンは振り向いた。 背後で見送っているのは、親戚でマデレーンの名付け親のグッデン夫妻だった。 ジリアンが笑顔になって手を振ると、マリス・グッデン夫人もニコニコと振り返した。
 引っ張られていきながら、ジリアンはせわしなくパーシーに囁いた。
「あれは大叔父様たちよ。 気さくで、とてもいい方たちなの。 挨拶させてよ」
「後でいくらでも会える」
 パーシーは頑固だった。


 新しく作った椿の温室前で、パーシーはようやく立ち止まった。 ジリアンは、肘を揉みながら、彼の引き締まった顔を見上げた。
「それで?」
 厳しい表情のまま、パーシーは尋ねた。
「弟どもが好きか?」
 ジリアンは、きょとんとした。 好きに決まってるじゃないか。
「もちろん。 あんなに明るくて気持ちのいい子たちって、めったにいないわ」
「でも、君の親は嫌がってる」
 パーシーの声には、苦さとかすかな怒りが感じられた。
「さっき、君のお母さんが上の窓から見下ろしていた。 ひどく冷たい目で」
 ジリアンは、思わず視線を外した。 確かに母は、今度の結婚を喜んでいない。 商売人との縁組は、他の娘たちの値打ちを下げると考えているのだ。
 パーシーは、一つ息をつくと続けた。
「だから、弟たちと人前で騒ぐのは止めろよな。 なんか口実を作って、アボッツ村に帰れなくされるぞ」


 ああ、そうかもしれない。
 ジリアンは、パーシーの冷静な観察力に驚いた。 パブリックスクールに入ったためか、彼は見かけだけでなく中身も急速に大人化しているようだ。
 手を下ろすと、ジリアンは冗談交じりに答えた。
「そうね、母ならそうするかも。 私を管理したくてしょうがないみたいだから」
「だから、俺が知らん顔してても恨まないでくれよ」
 急にパーシーの表情がいたずらっぽく変わった。
「親父の命令で、夜会服を三揃い持ってきてるんだ。 コントルダンス覚えさせられたし、舞踏会では踊るって約束もさせられた。 でも、君には申し込まないからね。 お母さんに目つけられると困る」
「いいわよ、別に」
 サッと髪を振り払って、ジリアンは挑戦的にパーシーに笑いかけた。
「踊る相手には不自由しないから。 たぶん」
「たぶん? なんだ、自信ないの?」
 ジリアンは一瞬言葉に詰まった。
「だって……未来はわからないじゃない」
 パーシーは声を立てて笑い、ジリアンの額をごく軽く指で突いた。
「ダンスカードが一杯になるようにおまじないだ。 じゃな、ちょっとばかり伸びたチビすけくん」
 まだ笑いながら、パーシーはさっさと庭を離れ、スマートな足取りでサイドドアから家に入っていった。











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