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手を伸ばせば その117


 その日の午後は、母が独断で注文したドレスのサイズ直しに、ずいぶん時間を取られた。
 周囲が驚いたのも無理はなく、ジリアンはわずかな間に二インチ近く背が伸びていて、スカート丈をずいぶん伸ばさなければならなかった。
 裾だけでは間に合わなくて、ウェスト部分をほどいて縫い直すことになった。 縫い代〔しろ〕が少なくなるとデザイナーは心配したが、ヘレンの一言で解決がついた。
「サッシュを一緒に縫いつけて、押さえればいいんじゃない?」
 ということで、淡いブルーの絹地にバチスト(薄絹)を被せ、ヴェネチアン・レースを散りばめた豪華なドレスは、無事完成した。


 ヘレンは、艶やかにうねる金髪に合わせて、蜂蜜色のドレスを新調した。
 仮縫いのピンをすべて、腕に嵌めたピンクッションに戻して、スカートの膝を払いながら立ち上がったデザイナーのローエル夫人は、目の前に並んだ姉妹を見つめて、思わず溜息を漏らした。
「まあ、夢のようにお美しい……。 公爵御令嬢方は、私のデザインを最高に輝かせてくださいますわ」
 それは、まんざらお世辞とは言えなかった。 気がつくと、小間使いだけでなくメイドや台所の係までが、扉の向こうに寄り集まって、ヘレンとジリアンに見とれていた。
 ジリアンは照れくさくなり、揃えて作ったブルーのレティキュールを見るふりをして、ヘレンから離れた。 ヘレンは注目には慣れたもので、大鏡の前でゆっくり体を回して、背後に流れるトレーンの動きを確かめた。
「優雅なドレスですわ、ミセス・ローウェル。 きれいに作ってくださって、ありがとう」
「どういたしまして。 ヘレン様とマデレーン様、それにジリアン様も、服がお嬢様を引き立てるのではなく、着る方が服を美しく見せてくださるんです。 デザイナー冥利に尽きますわ」


 サテンの縒紐を引っ張ってレティキュールを開けているとき、その言葉が聞こえた。
 ジリアンの胸に、今までなかったほどの喜びがこみあげてきた。
 姉たちと並んで誉められた!
 付け足しっぽいとはいえ、デナム公爵家の美人姉妹の一人として、名前が挙がったのだ。 これは嬉しかった。




 翌日、つまり結婚式の前日になると、公爵邸には式に参列する親戚や知人たちが集まり始めた。
 前から泊まっている男爵未亡人ホノリア・アーリントン・ラモントに加えて、従兄弟のレイニア伯爵コーネリアス・クリフォード一家や、公爵の友人で考古学者のピエール・ラブリュイエ夫妻などが、周到に用意された客室に次々と案内された。


 空が曇りはじめた午後、見覚えのある黒塗りの馬車が、広い石畳に入ってきた。 何度も二階の窓際に行って下を確かめていたジリアンは、馬車の中から男の子たちが転がるように降りてくるのを見て、歓声を上げて階段を駆け下りていった。












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