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手を伸ばせば その116


 そのときふと、違和感を持ったのは事実だった。
 普段のヘレンはほとんど年上ぶらない。 まして、真面目な顔でお説教することなんか、今まで一度もなかったといっていい。 それが、なぜ……?
 ヘレンは一転して気さくな表情に戻り、妹の手を握って大きく振った。
「もうじきお昼だけど、まともな食事は出ないわよ。 明後日まで家中引っくり返ったような騒ぎだから、料理ができても食事室まで運ぶ人手がなくてね。
 お母様は、お父様とレストランに出かけてるの。 おかげで仲のよさが戻ったみたい。 マディはホノリアおばさまの付き添いで、買い物に行ってるわ。 だから今日は、部屋で一人で食べなくちゃいけないかと覚悟してたんだけど、あなたが帰ってきたから!」
「ねえ、キッチンへ行って、何を作ってもらえそうか見てこない?」
「いいわね♪ でもその前に、あなたは着替えしなきゃ。 あ、ジム!」
 下の廊下をせかせかと通りかかった青年に、ヘレンが大きく声をかけた。 青年は、すぐ仰向いて二人を見た。
「はい、お嬢様」
「ジリーが帰ってきたの。 荷物を運んでやってくれる?」
「はい。 お帰りなさい、ジリー嬢ちゃん」
 古くからいる園丁の息子で、幼馴染といっていいジム青年は、階段を大股で上がってくると、ジリアンに笑顔を向けた。




 結局、両親が出かけたのをいいことに、二人の姉妹は台所の横にある配膳室に入りこんで、ミートパイとすぐりのタルト、それに料理人が明後日の祝宴のため腕によりをかけて作ったコンソメ・スープを特別に添えた、けっこう豪華な昼食に舌鼓を打った。
「味わい深いわね、このコンソメ。 三日間ずっと煮たんですって」
「ユーグのスープですもの。 おいしいのは折り紙つき。 去年の狩猟パーティーを思い出すわ。 あーあ、アボッツ・アポン・ロックの我が家に帰りたい」
「ここだって我が家よ」
「ここはお母様たちの家。 私はいつも故郷の家と広々した野原が恋しいの」
「それに羊と牛と野ウサギと鹿がでしょう?」
 ヘレンが笑った。
「たしかにあなたには、ごちゃごちゃした都会は合わないわね」
 ジリアンは銀の匙を持ったまま、ぼうっとした眼差しになって故郷を思い浮かべた。 目に痛いほどの緑と、空を映してうねるように流れる小川を。 釣りや追いかけっこをして戯れる少年たちを。
 私が五ヶ月で大きくなったなら、伸び盛りのコリンとリュシアンはずいぶん背が高くなっただろう。 顔つきも男らしさを増しているかもしれない。 手紙のやりとりはずっと続けているが、写真を送ってもらったことはないので、どう発育したか、披露宴で会うのが楽しみだった。
 清らかなホワイトロック川で、鱒が水面に跳ねる姿を思い描いていて、ジリアンはいきなり顔をしかめた。 のどかな田園風景の記憶の中に、ヌッと少年の裸体が割り込んできたのだ。
「どうしたの? 急に真っ赤になって」
 ヘレンの声に、ジリアンは我に返り、急いでスープを口に運んだ。 もうすっかり冷めていたが、それでも美味しかった。











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