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表紙

手を伸ばせば その115


 雇いの馬車で、ジリアンがロンドンの屋敷に帰り着いてみると、家の中は明後日に迫ったマデレーンの結婚式の支度で、ごった返していた。
 いつも悠然としている母でさえ、早足で階段を下りながら、小走りで通り過ぎる使用人たちにあれこれと指図していた。
 ラムズデイル家は、ロンドンが本拠地ではない。 したがって、ここに豪邸を持っているクリフォード家で披露宴が開かれることになった。 そのため、大広間には早々に長テーブルが並べられ、顔が映るほどピカピカに磨かれ、皿やカトラリーを並べる予行演習が始まっていた。


 だから、学校から戻ってきた末娘に長くかまっている時間はなかった。 ジュリアは、階段の下に着くと、旅行着のままのジリアンを軽く抱いて迎えのキスをしてから、短い言葉を残して、すぐ歩き出した。
「お帰り。 午後にヘレンとドレスのサイズ直しをしなさいね」
 去っていく母の背中を、ジリアンはきょとんとして見つめた。 ドレス? そんなもの、作った覚えがないけど。


 ちょうどその時、ヘレンが上階から身を乗り出して覗いた。 目が合って、二人は同時に歓声を上げ、走り出した。
 階段の踊り場で、姉妹は飛びついて抱き合った。
「ジリー! 予定ぴったりに帰ってこれたわね! 旅はいろいろあるから心配してたのよ」
「すごく順調だったの。 天気もわりとよかったし」
「学校生活は楽しいみたいね、手紙によると。 マディは苦情ばっかり書いてたけど」
「そうだったの? 知らなかった」
 ジリアンは驚いた。 彼女宛の手紙には、わりと愉快なエピソードが多かったからだ。
「お姉さまには愚痴が言えたのね。 やっぱり頼りにしてたんだ」
「今はもう、未来の旦那様にべったりだけどね」
 そう言って、ヘレンは苦笑した。
「あの子は本当に甘え上手だわ」
 妹の肩を抱いた手を少し伸ばして、ヘレンはジリアンを改めて眺めた。
「あら? 背が伸びた?」
 ジリアンも、姉を見返した。 気のせいかもしれないが、わずかに背が低くなったように見える。
「五ヶ月ちょっとしか留守にしてなかったのに。 育ち盛りなのね」
 ヘレンは感慨深げに、末の妹の頬を撫でた。
「顔もずいぶん大人びたわ。 どんどんレディになっていく」
「レディなんて」
 ジリアンが笑い飛ばそうとすると、ヘレンは真剣な表情で言葉を継いだ。
「あなたは機転がきくし、行動力もある。 それに気立てがいい。 よすぎるぐらい。
 だから、人に同情しすぎないようにね。
 あなたの人生は、あなた自身のものよ」









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