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手を伸ばせば その114


 またそんな口のうまいこと言っちゃって……。
 ジリアンが持った感想は、それだけだった。 自分が美人なんてありえない、というのが、母と姉が絶世の美女であるジリアンの固定観念だ。 それに、地中海では色々な民族の血が入り交じって、パッと目を引く美しい顔が普通に街中を歩いている。 イギリスの田舎ならともかく、この色彩豊かな土地で、小作りな自分の容貌が注目を浴びるわけがない、とジリアンは思った。
「珍しいのかもしれませんね。 大輪の薔薇に囲まれた鈴蘭みたいで」
「困ったな。 貴方の周りにいる男性は、正しい評価を口に出して言わないんですか? それとも、貴方を見慣れて、真の美しさに気づかないとか」
 慣れない誉め言葉で、そろそろ背中がむずむずしてきた。 ジリアンは閉口して、話題を変えることにした。
「貴方こそ魅力的で、たくさんの若い女性の胸を騒がせているんでしょう? そういう方々から手紙がよく届きますか?」
「さあ、どうでしょう」
 大尉の賢そうな眼に、危険な光が宿った。
「まだ身を固めるには早いと思っていますからね。 ウイットのある楽しい手紙なら大歓迎ですが、交際を迫るようなのはどうも」
「やっぱり受け取っているんですね。 売り込みの手紙を一杯!」
 ジリアンが笑うと、大尉はむきになった。
「一杯なんて来ませんよ。 たまにです。 いや、一通か二通」
「レディ・ジリアン」
 横で北風のような声が響いた。 会話がきわどくなってきたと、レイクが判断したらしい。
「大尉の私生活にあまり興味を寄せるのは、いかがなものかと」
「はい」
 そういう小言には、ジリアンは素直だった。 デントン・ブレア大尉は申し分のない人で、傍にいると胸が弾むような気がするが、彼に深入りするつもりはなかった。
 何か、よくわからない障壁が、二人の間に厳然と横たわっているという、不思議な予感がするのだった。




 小さな町は、すぐに尽きてしまった。
 まだ日は高い。 大尉が懐中時計を出して調べると、五時二十分だった。
「半時間以上早く着いてしまいましたね」
 荷揚げや魚の取引で賑やかな港を見渡しながら、大尉は残念そうに言った。
 そして、レイクが通りすがりの水夫にぶつかられそうになって睨み返している隙に、長身を屈めてジリアンの耳に囁いた。
「休み明けに学校へ戻ったら、また文通してくれますね。 当分ジブラルタルにいることになりそうですから」
「ええ、楽しみにしてます」
 ジリアンも素早く、小声で答えた。









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