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表紙

手を伸ばせば その109


 若い男性から手紙を貰ったのは、初めてだ。 コリンとリュシアンはまだ子供だし、パーシーがよこすはずがない。 そもそも、彼がまともな手紙を人に書いたことがあるかさえ疑わしかった。


 いくらかどきどきしながら、ジリアンは自室に戻って一人になれるまで、封を開くのを我慢した。
 戻って明かりをつけ、ベッドに座って手紙を開けると、筆圧の強い角張った字が目に入ってきた。
『親愛なるレディ・ジリアン
 こちらから願っておきながら、ずいぶん日数が経ってしまったのを許してください。
 ジブラルタルに着いて、宿舎に荷物を解く間もなく、海峡を渡ってアフリカ大陸にしばらく行かされたのです。 軍隊では、兵士は命令一つで動かされるチェスの駒にすぎませんからね。
 学院にはもう慣れましたか? 明るくものおじしない貴方のことだ、既に沢山の友たちに囲まれているのではないかと想像します。
 僕も同僚と適当に過ごしています。 ここは夏になると脳みそが煮えるほど暑いらしいですが、アフリカ奥地と違って乾燥しているので風土病は少なく、わりと快適に過ごせそうです。
 その点、スイスの山はいいですね。 冬はスキーとソリ遊び、夏は湖のほとりで避暑! こっちは男ばかりでむさくるしいので、学院生活で楽しいことがあったら、ぜひ教えてください。 言いふらしたりしませんから(ほんとですよ。 口は堅いほうです)』


 下に、ジブラルタルの住所が記してあった。 日記帳を取り出して、ジリアンは注意深く書き留めた。
 どう判断していいのか迷う手紙だった。 さりげなく軽いタッチで書いてきている。 単に話の種がほしいようにも見えた。
 固まった封蝋を指で崩しながら、ジリアンは思いにふけった。 手紙は決して安くない通信手段だ。 十年ほど前までは更に高く、しかも受け取る側が料金を取られてしまうので、故郷に残された妹が都会からの兄の手紙をいつも突き返し、怪しんだ配達員が調べて、表書きに○がついていれば無事、×だと問題が起きたという知らせだと突き止めたという話があるぐらいだ。
 幸い、スイスはイギリスに次いで差出人払いの一律郵便制度を普及させた国で、手紙は比較的正確に届いた。 それにしても……
 暇つぶしだろう、とジリアンは結論付けた。 さもなければ、女の子から手紙が届くと仲間に自慢したいのかもしれない。 それなら、中身を他人に見られてもしかたないと割り切って、ユーモラスな話を、誰がやったかわからないように書けばいいんだ。
 そう決めると、ジリアンはとても気楽になった。








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