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その108
学院生活が思ったより楽しかったので、ジリアンは旅で出会った青年将校のことを、ともすれば忘れがちになった。
それでも、眠りにつく前などに時々は、彼の提案を思い出した。
──文通しようって自分のほうから言い出したのに、手紙は来ない。 ジブラルタルの住所がわからないから、こっちから出すわけにはいかないし。
きっとデントン・ブレア大尉も新しい生活が楽しくて、コロッと忘れてしまったのね。 もともと気まぐれで口にしたんでしょうから──
ちょっとがっかりしたのは確かだが、そんなに気にはならなかった。 手紙を書く相手なら沢山いた。 ヘレンにマデレーン、元家庭教師のホッブス、ラムズデイル家の腕白たちコリンとリュシアン、それに学院の方針で、少なくとも一ヶ月に一回は親に近況報告を書いて出す義務がある。
また、相手からも繁く手紙が届いた。 マデレーンは、実家だけでなく婚約相手も大金持ちなので、格式を重んじるジュリアが紋章入りのリネンを百年使えるほど注文したらしく、毎日のように届く結婚支度品の量に嬉しい悲鳴を上げていた。
『……お付き合いの始まり方がよくなかったからと言って、お母様はハーブ(=ハーバート)に正式なプロポーズをやれと言い渡したの。
だから彼は、花束を持って一週間、一日も欠かさず、窮屈な正装でうちに通ったのよ。 かわいそうに。
おまけに、意地悪なお母様は、田舎の本宅からホノリアおばさまを呼んできて、最初の三日間はお目付け役として、同じ部屋に座らせて。 ほんとに信じられない!
でもまあ、その後はうまく行きました。 ハーブは、花屋さんの見立てで毎日違う花束を持ってくる他に、いつも何か素敵なプレゼントを買ってきてくれたの。 ブレスレットやオペラグラス、レースの手袋にローンのハンカチ。 ハンカチには二人のイニシャルを組み合わせた刺繍がしてあるの!』
はいはい、ごちそうさま。
ジリアンは忍び笑いしながらマデレーンの手紙を読み終え、他のと一緒にピンクのリボンでまとめて引き出しにしまった。 ヘレンからのはクリーム色のリボン、両親(といっても、ほとんど母からの短いものだが)からのは銀色。 その他はブルーのリボンで分類していた。
ヘレンもよく手紙をくれた。 ユーモラスに近況や街の様子を書いた内容がほとんどだが、やはり家中がマデレーンの結婚準備一色になっているのは、内心面白くないらしい。
無理なかった。 長女で、社交界最高の花とうたわれているのに、妹に先を越されたんだから。 穏やかで理性的なヘレンだからこそ、このぐらいの不満で済んでいるのだ。
学院宛ての手紙は、金曜日に用務員のジャン・コデーが村へ買い物に行くついでに、受け取ってきた。
手紙は郵便馬車で届く。 今では英国と主要ヨーロッパの津々浦々を網羅していて、郵便物だけでなく、旅客も乗せた。 狭いし揺れるので、あまり快適とはいえなかったが、その分運賃が安かった。
コデーが運んできた手紙が生徒に渡されるのは、夜の食堂でだった。 この学院は世界各地から生徒が来るため、礼拝はそれぞれの宗派にもとづいて、各自で行ない、まとめて朝礼をすることはなかった。 だから、皆が集まるのは食事のときなのだ。
給費生のショーヴァンが、ひときわ賑やかなジリアンたちのグループに近づき、手紙を配っていった。 話に加わりながら、ジリアンが何気なく差出人を確かめていると、赤い封蝋に強く押された紋章が目に止まった。
これは確か、デントン・ブレア一族の……
ジリアンは急に意識して、その手紙を束の下に隠してしまった。
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