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表紙

手を伸ばせば その106


 実のところ、初めのうちジリアンはサラに守ってもらう形になった。 ディナーの件でジリアンに「一目惚れ」したんだというサラは、翌日の朝食前、大食堂に集まった小レディー達に、片っぱしからジリアンを紹介して回った。
 ジリアンは笑顔だけは天下一品だ、と前に母のジュリアが言ったことがある。 自他共に認める無邪気な微笑で、ジリアンは多くの女生徒たちに親しみを持たれた。


 やがて、小川の流れが陽気な渦を作るように、ジリアンの周囲には自然に親友の輪ができた。
 一番気が合うのは、やはりサラ・ホイットモアだった。 その他に、ウイーンの高名な外科医の娘アマーリア・リーバーマン、フランスの元貴族とイギリスの織物商の一人娘の間に生まれたデニーズ・ド・ラショー、イギリスの子爵令嬢ベス・スタイルズ。 そして、スイスの官僚の娘ゲルトルード・シュタウアーも、仲間の隅っこにひっそりと入りこんでいた。
 話してみると、ゲルトルードは口数が少ないものの、意外に鋭いユーモアのセンスがあって、面白い子だった。
 ただ、人前に出ると、とたんに口が動かなくなる。 かちかちに緊張して、生まれ持った才気がまったく出せず、おとなしいだけのつまらない娘だと思われがちだった。


 学院の就寝時間は十時、起床時間は六時ということになっていた。
 だが、ジリアンたち年長組はその限りではなく、夜の十一時まで起きていても大目に見てもらえたし、許可を取れば真夜中まで大丈夫だった。
 二月十五日はデニーズの誕生日で、六人は一番広いサラの寝室に集まり、小規模ながら楽しいパーティーを開いた。
 コックがクリスマスの残りの粉で特別に焼いてくれたジンジャーケーキに、これも残り物の小さな蝋燭を立てて、デニーズがもったいぶって切り、皆で分けて食べた。
 ゲルトルードもその夜は明るく、わりとよくしゃべり、冗談を言っていた。
「でね、あんまりそのアヒルが池の柵を越えてきて、ヘルムートさんの大事な鯉を突っつくものだから、ヘルムートさんはとうとう怒って、彼の首をひねってしまったの。
 料理人がその鳥を焼いて食卓に出した後、残った羽根で枕を作ったんですって。 そうしたら、夜中に巨大なアヒルがのしかかってきて、つぶされた夢を見たって」
 少女たちは大笑いした。
「アヒルの呪い?」
「料理人なら鳥を料理するのは慣れてるでしょうに」
「どっちかというと、そのアヒルをかわいがって甘やかし放題にしていた隣のご主人の呪いかもね」
「彼はどうしたの? 大事なアヒルが急に消えて、探し回った?」
「いいえ。 そこがヘルムートさんの頭の回るところなんだけど、すぐに近くの農場で悪アヒルそっくりのを買ってきて、隣に放しておいたの」
「ごまかせた?」
「ええ、全然気づかなかったらしいわ」
 六人は顔を見合わせた。 サラがあきれたように首を振った。
「普通は気がつくわよ。 子供のとき、双子の縞猫を飼ってたけど、どっちがどっちか見分けられたわ」
「結局、本当には可愛がっていなかったってことよ」
 不意に、ベスがざらついた声を出した。 日ごろ穏やかなベスの荒い口調に、みんな思わず顔を上げた。
 地味な制服の襞をつまみながら、ベスは吐き出すように言った。
「うちの母は、しょっちゅう出歩いて、帰ってくるのは朝早くなの。 一度、喉が渇いて下へ降りたことがあって、そしたら母が階段の下で男の人とキスしてた。
 ぎょっとして立ち止まったら、母は焦って、わざとらしい笑顔になって、『キャシー、これはお別れの挨拶なのよ』と言ったわ。
 みえみえの言い訳より、私を妹と間違えたのに腹が立った。 あの人、子供たちの顔を覚えていなかったのよ」








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