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表紙

手を伸ばせば その103


「それでは、イースター休みになる四月十一日に、またお迎えに来ます」
 秘書のレイクはそう言い残して、ホッブスと共にソリに乗った。 御者が引き馬に掛け声を響かせ、黒く塗ったソリが動き出した。 御者席の横に取り付けた鈴が、澄んだ音を次第に小さくしていく。 ジリアンは、うっすらと霜のついたガラス窓から、ソリが斜面をうねるように降りていくのを、しばらく見送った。


 やがて、横で声が聞こえた。
「もう行きましょう。 ここでは毎晩、何人か生徒が招かれて、先生たちと正式なディナーに参加するの。 あなたの身分だと、きっと今夜から呼ばれるわ。 だから早めにドレスを出しておかないとね」
 ジリアンは、すぐ振り向いて頷いた。 マデレーンが教えてくれた通りだ。 このショーヴァンという少女は、信用できる子らしかった。
 彼女が、大きな鞄を両方とも手に下げようとしたので、ジリアンは急いで片方を持った。 ショーヴァンは、驚いた表情で見返した。
「これは給費生の仕事なの。 あなたが自分で持つことないわ」
「給費生だって同じ学生でしょう? それに、一つずつ持ったほうが同じ速さで階段を上がれるわ。 能率的よ」
 そう言いながら、ジリアンがさっさと階段に足をかけたため、ジョーヴァンは苦笑して後を追った。
「あなたって風変わりね。 お姉さんのマデレーンは目立たない人だったけど」
「私も目立たないし、目立ちたくないわ」
 ジリアンがきっぱり言うと、ショーヴァンは首を振った。
「そうはいかないでしょうね」
「どうして?」
「あなたは、何て言ったらいいのかしら、活気があるのよ。 エネルギーが溢れてるって感じ。 気をつけたほうがいいわ。 上級生グループに睨まれないように」


 ショーヴァンの忠告は的を射ていると、ジリアンは感じた。 だから、彼女の言った通り、その晩の夕食会に招かれると、着飾った少女たちには当り障りのない笑顔を向け、訊かれたことだけに答えるようにして、後は食事に専念した。
 それがよかった。 食卓には、食べにくいものがズラリと並んでいたから。 ナイフを当てただけで皿から吹っ飛んでいきそうな、硬い殻のロブスターに、すくってもすくっても垂れてくるフィリングのかかった柔らかいエンゼルパイ、一口飲んだら涙が出そうになった酸っぱいスープ、などなど。
 間もなく、ジリアンはこの食事が授業の一環だと気づいた。 どんな料理を出されても、エレガントに食べこなす技を試されているらしい。
 こうなると、食事も体力だった。 ジリアンは、バターのたっぷりかかったザリガニを観察し、まずハサミをねじって外した。 それから尾を割り、いうことをきかないザリガニをフォークでねじ伏せ、切れないナイフに手首の力を集中させて、エイヤッと身の殻に筋を入れた。
 うまく刃が殻に食い込んだときは、ほっとした。
 隣席に座った小柄な黒髪の少女は、見事に失敗した。 ガチッという音と同時に、巨大ロブスターは生きているように皿から跳ね上がり、腹を見せてジリアンのパンの上に着地した。








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