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その102
ホッブスのはったりは、うまく行ったというべきだろう。 白髪の校長ギョーム・ドリュアールと、モンブラン岳のような中高の顔立ちをした副校長アデール・アラン女史は、丁重に三人を応接室に通し、入学手続きを済ませると、机上の銀色のベルを鳴らして、人を呼んだ。
やがて戸を開けて入ってきたのは、ロビーにたむろしていた連中と同じ灰色基調の制服を着た、きりっとした表情の少女だった。
校長が、書類をまとめながら彼女に呼びかけた。
「ショーヴァン。 こちらはジリアン・クリフォード。 デナム公爵令嬢だ。 328号室に案内してあげなさい」
「はい、校長先生」
これでもう、ホッブスたちとはお別れだった。 ジリアンは、レイクと握手を交わし、ホッブスとは抱き合った。
「ホッブス先生、長い間ありがとうございました。 新しい生徒さんが勉強好きだといいですね」
ホッブスは、威厳を持って言った。
「どんな子でも私の力で教え導いてみせます。 いくらアイルランドで、八人姉妹だといっても、公爵は公爵ですからね。 立派な推薦状も頂いたし、相手に不足はありません」
まるで勝負に行くようなホッブスに、ジリアンは微笑をこらえた。 ともかく女の子が十七歳から揺りかごの赤ん坊まで八人いるのだから、うまく融けこめれば、ホッブスは後十五年は就職の心配をしないですむだろう。
「ご健闘を祈ります」
「あなたも幸せに」
ふとホッブスが、真顔になって呟いた。
「あなた達は三人とも素直で、いいお嬢さんたちでした。 みんな夢が叶って、ちゃんとした結婚ができますように」
その言葉に、ジリアンもハッとして、笑顔を消した。
夢が叶って? まさかホッブス先生は、すべてを承知でわざとハーバートを引き止めたわけじゃないでしょう?
まじまじと見つめるジリアンの視線を捕らえると、ホッブスは不敵な笑いを浮かべた。
「中でもあなたは一番の優良株ですよ。 凄いお相手が見つかるんじゃないかと、私は期待しているんです。 もし悩むことがあったら、アイルランドに手紙を書いて。 この私が、きっといい忠告を授けてあげます」
それから、一息置いて言い添えた。
「あいにく、恋愛経験はありませんけどね」
ぽかんと口をあけたくなるのを何とかこらえている内に、ジリアンの胸は熱くなってきた。 もう別れるという時になって、ようやく先生の正体がわかるなんて。 こんなに油断のならない性格だと、もっと早くわかっていれば……年の離れた親友になれたかもしれないのに!
ジリアンは、まっすぐ突っ走る性質だ。 ホッブスが巧妙にマデレーンの恋をアシストしたと悟った瞬間、場所もかまわず、再びホッブスに抱きついてしまった。
「ああ、先生! ハーバートのこと、知っててわざと騒いだんですね! 人が悪いんだから!」
「何を言うんです。 私は良心にはばかることは何一つしておりませんよ」
ホッブスはうそぶいた。 それから、さりげなく付け加えた。
「私はね、働き先の奥様に気に入られる方法を心得ているんです」
そして、ジリアンの肩を二度ポンポンと叩いてから、体を引きはがした。
ジリアンは新たな尊敬の眼差しで、ホッブスを見返した。
「手紙を書きます。 書きますとも! アイルランドの新しい住所を教えてください!」
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