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手を伸ばせば その101


 マルセイユから馬車を乗り継いでスイスに入った日、空は抜けるように青かったが、道はぬかるんでいた。
「昨日雪が降ったばっかりでね、今日は朝から晴れてたし、冬には珍しく気温が十度を越えちまったから、そいつが融けて、このざまですよ」
 雇った御者がのんびりした口調で話すフランス語がほとんど聞き取れたので、ジリアンは嬉しい気持ちになった。 これで、寄宿舎に入っても、言葉がわからないといってバカにされる心配はないだろう。
 御者のジャックは、無蓋馬車の御者席から、鞭の先で前方斜め上を指した。
「あれが学校の建物です。 あっちの雪は融けないんで、麓からはソリで上がったほうが安全ですよ」
 白い照り返しが眩しい。 ジリアンは手をかざして、山の斜面を眺めた。 雪と見まごうばかりの白い壁に、灰色の屋根。 品のいい建物だ。 だが、石造りの門と塀が、やけに厳めしかった。




 ジャックの紹介で、一行は貸し馬車屋に寄ってソリを借り、一割増の条件で、また彼に操縦してもらった。 うまく値上げされた気がしたが、デナム公爵からたっぷりと旅行費用を渡されたホッブスは気が大きくなっていて、ソリが無事に学校の前に止まると、チップまでつけて払ってやった。
「お嬢様はここで降ります。 でも私たちは戻らなければならないから、しばらく待っていて」
「はい、マダム」
 ジャックは白い歯を見せて、楽しげに承知した。


 門には、S字型の金具に大きめのベルが結びつけてあって、訪問者が引くと、澄んだ音を立てて鳴った。
 すぐに建物の東翼から大柄な男が現れ、名前を確かめてから門を開いた。 そして、丁重に三人を玄関へと先導した。
 寒さ対策のため二重になっている扉の中は、吹き抜けの広いホールになっていた。 右手にある回り階段の踊り場や、奥につながる廊下の彼方に、灰色と白の制服を着た数人の女子生徒がたむろしていて、扉が開くと一斉に振り返った。
 ホッブスは、おもむろに咳払いすると、意識的に大声を出した。
「それで? 校長室はどちら? こんな冷えたところに長い間公爵令嬢をお待たせするわけにはいきませんからね」








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