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表紙

手を伸ばせば その100


 若い男性から文通を申し込まれた!
 思いもよらぬ展開に、ジリアンはただあっけに取られた。
「えぇっ? 女子校に、家族じゃない男性から手紙が来たら、すぐ取り上げられてしまいますよ」
「でしょうね。 だから、女性の名前で出しますよ。 ご家族の名じゃまずいですね。 そうだ、乳母さんは、まだ生きてますか?」
 戸惑いながらも、ジリアンは正直に答えた。
「はい。 結婚して苗字が変わってますけど」
「それはちょうどいい。 何とか夫人を男だと思う先生はいないでしょうからね」


 この人、茶目っ気ありすぎだ、とジリアンは思った。 だが、彼女の中には、空想好きで冒険心に溢れたミニ・ジリアンが隠れていた。 手紙を書きあうぐらい、どうってことないじゃないか。 おそらく退屈にちがいない学生生活が、ささやかな秘密で楽しくなるなら。
 そこで、ジリアンは大尉に、ウォーレン・マレリー夫人メアリーという元乳母の今の名前を教えた。
 デントン・ブレア大尉は、ちびた鉛筆を出して、袖のカフスの内側に素早くメモした。
「わかりました。 ジブラルタルでの住所が決まったら、手紙の中に書きますから、返事を下さいね」
「はい」
 ジリアンは、神妙に答えた。




 朝のジブラルタル港は、淡い水色と金色に輝き、明るく美しかった。 二人の士官が手を上げて挨拶して降りていくのを、ジリアンは船べりに手を置いて見守った。
 軍人がどんな生活を送っているのか、まったく知らない。 大尉は話がうまいから、きっと手紙も面白いだろう。 軍隊生活の裏エピソードなんかを、こっそり書いてくれるかな? 
 ジリアンは、急に胸が高鳴って、楽しみになってきた。




 それからの航海は、前半に比べると退屈だった。
 大きな高気圧が来て海が凪いだため、蒸気を補助動力にした帆船は、なめらかに海面を進み、ほとんど揺れなくなった。
 それで、重症だったホッブスの船酔いが軽くなり、バルセロナに寄港したときに、遂に船室から姿を現すという快挙を成し遂げた。
 それはジリアンにとっては、お説教とフランス語の単調なレッスンが戻ってきたという、憂鬱な日々の訪れを意味していた。








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