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手を伸ばせば その99


 食堂では第三のワルツが始まっていたが、デントン・ブレア大尉はもう踊りに誘おうとはせず、甲板の柵に寄りかかってジリアンに顔を寄せ、語り合っていた。
 そこへ背後から、はっきりした靴音が近づき、わざとらしい咳払いが聞こえた。
 ジリアンが振り向くと、予想した通り、父の秘書マックス・レイクの不機嫌そうな目が二人を睨んでいた。
「もうお寝みの時間です、お嬢様」
「え? でも、さっき夕食をいただいたばかりで……」
 驚くジリアンの手を、大尉がそっと握った。 それだけではなく、仰天したことに口まで持っていって、恭〔うやうや〕しくキスした。
「今夜は相手をしてくださって、ありがとうございました。 楽しいひとときでした。 またお逢いすることがあるでしょうが、それまで僕を覚えていてくださいね」




 船室まで引き返す間、レイクは一言も口を開かなかった。 なまじ説教などすると逆効果だとわかっているのだろう。
 一方、ジリアンのほうは落ち着かない気分で、いろんな考えの断片が頭を巡った。
──確かに楽しい人だわ。 上品な顔立ちのハンサムだし。 でも、どこか謎めいている。 軽やかに話していても、本当に言いたいことは別にあるような気にさせる。
 ジェラルドがヘレンを追いかけているのを、大尉は知ってるはずよね。 だから私に近づくのかしら。 ヘレンのことを聞き出したいため?
 いえ、違うわ。 そんな話は一言も出なかった。 大尉はむしろ、私に自分を印象付けたかったみたい──
 そう思っても、気持ちはなぜか浮き立たなかった。 大尉は素敵だ。 踊っていても、これまでになく楽しい。 しかし、今の彼が本気で誘いかけているとは思えなかった。 その点では、ジョン・ラムジー大尉の率直な意見が正しいようだ。
 ジリアンは、まだ十五歳になったばかりで、しかも見かけは年より若く見える、ほんのひよっ子にすぎなかった。




 翌朝七時半、ジリアンが起きて甲板に出ると、マストの近くにいたデントン・ブレア大尉が、ケープ付コートの裾をひるがえしてやって来た。
「もうじき下船です。 昨夜寝る前に思いついたんですが、どこの寄宿学校に行くか、教えてくれませんか? 親戚の子で、エリザベスという娘が、留学先を探しているので、内情がわかったらと思いまして」
「ええと、ミシェル・グレゴワール学院です。 ローザンヌ近くの。 でも、まだ行ったことがないので、詳しい内情は……」
「その学院宛てに、手紙を書いていいですか?」
 大尉があっさりと訊いた。 ぎょっとして、ジリアンは目を丸くした。








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