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表紙

手を伸ばせば その97


 顔を上げないうちから、誰に誘われたかわかった。
 ジリアンと目が合うと、ライトブラウンの髪をした大柄な士官は、青い眼に申し訳なさそうな表情を浮かべて、淡く微笑んだ。
「今朝は同僚が失礼なことを言いました。 気を悪くされていないといいのですが」
 穏やかな、気持ちのなごむ話し方だ。 海軍将校はもてるから、口のうまい人には注意しなくちゃ、と思いながらも、ジリアンは嬉しくなって、つい微笑を返した。
「私をよく覚えていらっしゃいましたね? 古い帽子を被った田舎の子だったのに」
「人の顔はよく記憶するほうです。 それに、お嬢さんは特別活き活きしていましたから」
 向かい合った席のレイクが、デザートのスプーンを止めて、青年将校を睨んだ。 親しくなりそうな空気を感じ取ったらしい。
 若い士官は、レイクをちらりと眺めて、さりげなく名乗った。
「怪しい者ではありません。 従兄がお宅の方々と親しいので、僕も少しは知り合いのような気がしています。
 初めまして、と、ご挨拶したほうがいいですね? マーカス・デントン・ブレア大尉です」


 デントン・ブレアだって?
 ジリアンは肝を潰した。 この人、ジェラルド・デントン・ブレアの、あのおバカな伊達男〔だておとこ〕の従兄弟だっていうの?!
 そこでジリアンは、前にマデレーンが話していたことを思い出した。 マーカス・デントン・ブレア。 地方の小さな領地で育った、ハンサムで話の面白い二十代半ばの軍人。
 ああ、マデレーンと踊ったのは、この人だったのか。
 ジリアンは目を輝かせて、差し出されたマーカスの掌に手を置いた。
「初めまして。 姉のマデレーンが貴方とダンスしたと話していました」
「ほう、その他にも何か?」
 渋面を作ったレイクを置き去りにして、二人はワルツに乗りながら早くも踊り出し、ゆるやかに甲板のほうへ移動していった。
「とても褒めていましたわ。 感じがよくてお話が面白い方だと」
「それは光栄です」
 デントン・ブレア大尉はそつがなかった。
「お姉さんは結婚が決まったそうですね」
「はい。 式を心待ちにしています」
「僕がお目にかかった舞踏会のときは、男性の半分がマデレーンさんに、半分がお姉さまのヘレンさんに見とれていましたよ。 今ごろ傷心の若者がヤケ酒でも飲んでいるんでしょうね」
 確かにマディは女らしく、きゃしゃでおとなしく見えるから、理想の花嫁と思う男の人は多いだろう。
 この人もそうだったのかな?
 ジリアンはそっと、彫りの深いデントン・ブレア大尉の顔を見上げた。 すると、同じようにジリアンのうつむいた顔を観察していた大尉と、視線がかち合った。
 どちらも一瞬ハッとして、目を逸らした。








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