表紙目次文頭前頁次頁
表紙

手を伸ばせば その92


 それより、夕食の前に突然母に言い渡されたある予定のことで、ジリアンはぎょっとなって、他のすべてがどうでもよくなった。
 なんと、母ジュリアは、マデレーンの婚約で不要になった(と思った)スイスの寄宿女学校に、ジリアンを送り出すことを決めたのだ。
「考えてみたら、あなたこそ、こういう学校の貴婦人教育が必要な子だと気づいたの」
 安楽椅子に座り、物憂げな仕草で、新しく手に入れた黒のスペイン扇を開いたり閉じたりしながら、ジュリアは有無を言わさぬ口調で、末娘に言い渡した。
「マデレーンはもともとおとなしくて、よく言うことを聞く娘だったわ。 それがあんな不品行な形で結婚するなんて!
 信じられなかったから、考えてみたの」
 ジュリアは扇をパタンと閉じ、素早く動かして、斜め前に座るジリアンの手をビシッと叩いた。 ジリアンは、思わず顔をしかめた。
「隣の男の子たちと、とても仲良くしているそうね。 あなたがけしかけた、とまでは思わないけれど、なれなれしく一緒に遊んだりするから、人見知りのマデレーンまでが男子を警戒しなくなって、あんな有様になったのよ。
 これ以上の醜聞は許しません。 わかっているわね? 一人前のレディに成長するまで、しっかり作法と振舞い方を勉強してくるんですよ」




 ジリアンは、重い足を引きずって、長い階段を上った。
 マデレーンの相手が決まっても、まだ本命のヘレンがいる。 しばらく長姉にかかりきりで、ジリアンはせいぜいロンドン郊外の学校に入れられるぐらいだと思っていたが、とんでもなかった。
「また海を渡るの〜?」
 無意識に、愚痴が口をついて出た。 イタリアへは休暇で行ったのだし、男の子たちも一緒だったから楽しかった。 だがスイスでは、人里離れた山の中腹にある建物に押し込められ、周りはお嬢様ばかりなのだ。
 面白くなくて、ドサドサと足音をわざと立てて二階の廊下を歩いているうちに、ジリアンは思いついた。
 そうだ、マデレーンに寄宿学校の様子を詳しく聞こう。 手紙には書けなかった秘密のパーティーとか、全校を仕切っている女ボス、それに大抵の女学校にある抜け道とか、買収できる事務員などなど。 入学する前に詳しくなっておけば、いろいろ楽しめるかもしれない。


 お母様、習うのは礼儀作法ではないかもよ──ジリアンは口の端をキュッと歪めて、悪そうな笑顔になった。








表紙 目次前頁次頁
背景:kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送