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手を伸ばせば その91


 ハーバートは成人しているので、基本的には婚約に親の承諾は必要なかった。 しかし、当然のこととして、デナム侯爵はブリマスにいるハーバートの父ジェームズに手紙を書き、事情を説明して、結婚の許可を求めた。


 仕事に精力をつぎこんで、息子たちにあまり注意を払っていなかったジェームズは、突然届いた紋章入りの手紙に仰天した。 そして、すぐ馬車に飛び乗り、返事より早くロンドンに到着した。
 ハーバートは、ラムズデイル商会のロンドン事務所に仮住まいしていた。 てっきり父に叱られると思い、覚悟を決めていたが、風のようにやってきた父が最初に口に出した言葉は、「でかした!」だった。
 デナム侯爵家は、ただ高位の貴族というだけでなく、ヘンリー七世の時代まで遡〔さかのぼ〕れる由緒正しい家系で、上流社会でも一目置かれていた。
 そんな高貴な家柄と縁を結べる、というので、にわか貴族のジェームズは有頂天だった。
 総領息子の肩を叩きながら、ジェームズは意気揚々と事務所へ入った。 忙しく働いていた事務員たちが、一斉に立ち上がって挨拶するのを、手を振って座らせ、上機嫌で申し渡した。
「君たち、聞いているかもしれんが、このわが長男のハーバートが、侯爵令嬢を妻に迎えることになった」
「おめでとうございます!」
 一斉に声が返ってきた。 ジェームズは満足げにうなずき、指をパチンと鳴らして付け加えた。
「ありがとう。 実にめでたいことだ。 君たちにも心から祝ってほしいので、五ポンドのボーナスを全員に出そうと思う」
 たちまち事務所内は祝賀ムードに包まれた。


 社長室で正装に着替え、ジェームズは改めてハーバートを伴って、デナム邸を訪れた。
 正式な挨拶と、令嬢の体面を危うくしたお詫びに続き、結婚に関する契約が交わされた。 双方の依頼した弁護士立会いの元、持参金や寡婦年金、妻が自由に使える小遣いの額などが細かく定められ、結婚式の日取りも決まった。


 式は、ハーバートが大学を卒業した後、六月の末に定められた。 こんな綺麗な婚約者を卒業記念パーティーに招待できるというので、ハーバートは自慢で胸がはちきれそうだった。
「ああ、学校なんか今すぐにでも止めて、君の傍にいたいけど、パーティーにぜひ来てほしいから、あと半年だけ我慢するよ。
 寮じゃ家柄のいい連中が幅をきかせてて、僕らは二流扱いなんだ。 君にも奴らが嫌味を言うかもしれないが、僕が守ってみせるからね」
「いいのよ、少しぐらい皮肉を言われたって気にしないわ。 私にとっては、あなたは王様より値打ちが高いんですもの」
 小さいほうの客間は、恋人たちに占拠されてしまった。 通りすがりに二人の会話を聞いて、ジリアンはそのアツアツぶりに苦笑したが、なんとなく羨ましくもあった。








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