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手を伸ばせば その90


 ハーバートが『告白』した後、デナム侯爵はただちにマデレーンを書斎に呼びつけた。
 それまでに、マデレーンは姉や妹とさんざん話し合い、作戦を立てていた。 ハーバートとの交際に反対だったヘレンでさえ、今度の偶然を利用しない手はないという意見だった。
「飛んで火に入る夏の虫、じゃないけど、ハーバートのほうから進んで結婚の罠に落ちようとしてるんだから、応援してあげなきゃ」
 さっきは驚いていたジリアンだが、事情がわかった今では、冒険気分でわくわくしていた。
「そうか! ハーブが急に、屋敷にもぐり込んだって認めたのは、スキャンダルを起こしてマディとの交際を認めさせたいからなのね」
「ミス・ホッブスも何考えてるのかしらね〜。 脇道とはいえ、人通りのある往来で、おまけに御者の見ている前で、密会なんて言っちゃって」
「たぶん、もう屋敷中の使用人が知ってるわ。 明日になれば、他所の御者や小間使いにも伝わるでしょう」
 マデレーンは、緊張した面持ちで戸棚に近づき、ハンカチを二枚出した。
「お父様に叱られて涙が出るでしょうから、持っていかないと」
「がんばるのよ、マディ。 たとえお父様に脅されても、彼をあきらめますなんて絶対言っちゃ駄目よ」
「言わないわ」
 普段の気弱さとは別人のように、マデレーンは姉に向かってきっぱりと言い切った。


 三人姉妹は、くっつき合って広い階段を下りた。 だが、一緒に行けるのは書斎の前までだ。 ノックした後、マデレーンが情けない顔で扉をそっと開き、中に体をすべりこませて閉じると、残されたヘレンとジリアンは、やきもきと廊下を歩き回った。
 オーク材の扉は分厚く、耳を当てても中の音は聞こえない。 それでも心配なジリアンは、鍵穴までしゃがみこみ、会話を知ろうとした。
「何か聞こえる?」
「お父様が一方的に話してるみたい。 でも中身は聞き取れないわ」
「こうなったら認めるしかないでしょうに。 怒るより、結婚の条件を決めるべきだわ」
 いつも冷静なヘレンらしい意見だった。 ジリアンも、姉の言葉に全面的に賛成した。
「そうよね。 ハーブは世間的に見ればいい結婚相手だもの。 お父さんは財産家だし、曲がりなりにも貴族だし」
 そうジリアンが力説していると、突然書斎の扉が開いた。


 不意だったので、ジリアンは危うく部屋の中に転がり込むところだった。
「何やってるんだ。 はしたない」
 上から父の太い声が響き、頑丈な腕が末娘を抱き起こした。
「心配だったのか? 無理もない。 こんなことは二度と許さん。 これからはな」
 これからは、という微妙な言い回しで、ジリアンはパッと顔を上げた。
「じゃ……」
 デナム侯爵は、渋い表情を作った。 しかし、眼はいくらか可笑しそうに瞬〔またた〕いていた。
「おまえの姉さんは、たった今婚約した。 ラムズデイルの長男から、しっかりと確約を取ったからな」
「まあ! ありがとう、お父様!」
 ジリアンは叫び声を上げて、爪先立ちになると父の頬にキスした。








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