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表紙

手を伸ばせば その88


 マデレーンは、引き続きスイスの寄宿学校に行くことになり、うんざりしながら再び荷造りに励んだ。
 レンツォの花嫁になるより遥かにましだと、持っていくドレス選びを頼まれたジリアンは、次姉を慰めた。
「スイスには新しいお友達もいて楽しいでしょうし、あっちにいる間は次の結婚に追いやられる心配はないわ」
「わからないわよ。 また誰かとんでもない候補者を見つけて、私を呼び戻すかもしれない」
「ヘレンのデントン・ブレアみたいな?」
 二人は面白がって、キャッキャと笑った。


 ジェラルド・デントン・ブレアは、クリフォード家の笑い話のような存在になりつつあった。 いつも最新流行の服をまとい、最高級の馬か豪華な紋章付の四輪馬車に乗って、三日とあけずに訪れてくるのだが、応接室に入って目当てのヘレンと顔を合わせると、とたんに口がきけなくなるのだ。
 通りいっぺんの挨拶がすめば、後はほぼ沈黙の世界だった。 退屈でヘレンは死にそうになり、彼が来そうな時間帯には、ケンジントン公園へ散歩に行くか、無理やり妹を誘って買い物に出かけて、何とか逃げようとした。


「あれ、上がって言葉が出ないんじゃなく、本当に話すことが何もないんじゃない?」
「頭空っぽっていう意味?」
「そう」
 ジリアンは残酷なことをサラッと言い、さらに付け加えた。
「興味の対象がほんの少しだもの。 服と、クラバットと、帽子と、馬。 今月は、来るたびに新しいコートを着てるのよ」
「おしゃれね〜」
「見かけはいいから似合うけど。 姿がいいのが、あの一族の特徴なんですって」
「そういえば、前にジェラルドの従兄弟っていう人に会ったことがあるけど、美男だったわ。 きりっとした顔つきで、肩幅が広くて。 確か海軍の将校だと聞いたわ」
「話した?」
「一度だけね。 ダンスを申し込まれたの。 面白い人で、とても話がうまかった。 それにダンスも。 プロシアの竜騎兵は髪をお下げに結ってるっていう話をしてくれたわ」
「軍人で、おまけに美形で話が上手なら、もてるでしょうね」
「すごかったわよ。 踊りに誘ってほしい娘たちが、周りを取り巻いてたわ」
「ジェラルドとは正反対ね」
 ジリアンは大げさに溜息をついた。
「その人とジェラルドが入れ替わってたらよかったのに。 何て名前だった?」
 マデレーンは、きれいな額に皺を寄せて思い出そうとした。
「ええと、マイケル……じゃなくて、マイルズ……違うわ、確かマーカスよ。 友達にはマークと呼ばれていたわ」
「ジェラルドは子供のときからヘレンに付きまとってたのに、なぜそのマーカスという人は、うちに来なかったのかしら」
「分家で、あまり財産がないみたい。 ずっと地方の小さな領地に引っ込んでいたって、自分で言っていたから」
「独身?」
「ええ。 まだ二十台半ば。 ジェラルドに言わせると、今どき職務に忠実で女遊びもしないバカですって」
「ジェラルドの基準でバカと言われるのは、むしろ名誉ね。 残念だわ〜。 その人が侯爵を継いでいたら、ヘレンは喜んで結婚したかもしれないのに」
「そうしたら、私たちはグッと楽になったわねぇ」
 姉妹は顔を見合わせて、マーカス青年の生まれを惜しんだ。








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