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手を伸ばせば その85


 クリスマスには市内のバチカンで教皇の祝福が行われるということで、イタリアのみならず国外のあちこちから、カトリック教徒が列をなして集まってきた。
 町は混み合い、サービスは悪くなり、宿泊料はうなぎ昇りになった。 この混雑を見越していたデナム侯爵一家は、一足早い中旬のうちに、友人のデュラント氏が所有している郊外の別荘に移った。
 デュラントは貴族ではないが、イギリス豪族の名家の出で、雑誌の編集長を長く勤めた後、老後の住まいをイタリアに定めていた。
 久しぶりに会ったジェイコブを、デュラントは大喜びで鴨猟に連れていった。 彼の妻は気さくなイタリア女性でマリエッタといい、ジュリアの美しさを誉めたたえていい気持ちにさせた後、ヘレンと二人をクリスマス記念の音楽会に引っ張っていった。


 残された、というより、いろんな言い訳を作って猟と音楽会から逃げた三人の兄妹は、連れ立って庭園散歩に出かけた。
 庭はそう大きくなかったが、よく手入れされていて整然としていた。 白大理石で作られた彫像が、昼下がりの日光に照り映えてキラキラと光る。 像はほっそりした乙女の姿が多く、きちんと区切られたヴェルサイユ式庭園に優雅な趣を添えていた。
「春か夏だったら、花が一面に咲いて綺麗でしょうね」
 灰色の棒杭のような薔薇の茎を眺めて、ジリアンが残念そうに言った。 だが、マデレーンは聞いていなかった。 別の方角に気を取られていたのだ。
「見て! ハーブ達が来たわ」
「忠犬ハーブ」
 マデレーンに聞こえないよう、ジリアンは口の中で呟いた。 どこに移っても、ハーバートはすぐ居場所を知って現れる。 かたときもマデレーンと離れていられない感じだった。
 そしてハーバートの横には、必ずといっていいほどパーシーがくっついていた。 今も少し遅れて、つまらなそうな顔をしながら歩いてくる。 背丈はとっくにハーバートを追い越して、兄の護衛さながらに見えた。
 三人兄妹を発見すると、ハーバートは足を速めた。 顔にいつもの明るさがない、と、ジリアンは不審に思った。
 彼はマデレーンにまっすぐ近づき、両手を取った。
「残念だが、一足先にイギリスへ戻らなきゃならない」
「まあ」
 たちまちマデレーンは涙目になった。
「どうして?」
「親父がそろそろ怒り出してるんだ。 取引はとっくに成立したのに、いつまで外国をほっつき歩いてる、と、お怒りの手紙が届いた」
 パーシーが投げやりに説明した。 ハーバートは左手でマデレーンの手を握りしめたまま、右手を彼女のふっくらした頬に添えた。
「家に帰ったら、君を愛してると父に言う。 正式に申し込むよ。 なんとしても、ご両親の承諾を頂く」
 マデレーンは、夢中でハーバートの胸に飛び込んだ。
「嬉しいわ! いい奥さんになれるよう努力します!」
「まだ決まってないよ」
 フランシスが重々しく言った。 だが、恋人たちの肩が落ちるのを見て、声を和らげた。
「でも、縁談がまとまるように、僕たちもできるだけのことはするよ。 な、ジリー?」
「ええ、がんばるわ」
 ジリアンは決意を秘めて、短く答えた。
 その瞬間、パーシーの顔に暗い影がひらめき、すぐ消えた。









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