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手を伸ばせば その83


 翌朝早く、クリフォード一家は来たとき同様パオロに見送られて、船上の人となった。
 フランシスが前日に出発を知らせておいたのだろう。 同じ船の甲板に、ラムズデイル兄弟の姿もあった。 ジリアンは目が合ってももちろん知らん顔をした。 マデレーンも賢明に見ないふりをしていたが、フランシスは平気で若者二人に近寄り、笑顔で世間話を楽しんだ。
 英国青年には珍しく、フランシスが人好きで、相手かまわず気さくに話しかけるのは知られていた。 だからジュリアは、息子の新しい知り合いに関心を持たなかったし、ジェイコブに至っては気づきさえしなかった。


 チベタヴェッキア港に着いたのは、夕方だった。 そこから馬車に揺られてローマに入ったとき、すでに日は落ち、城門は暗い影となって石畳の道にそびえ立っていた。


 疲れた一家は、デナム侯爵が湯水のように振りまいた金の力で最高級の宿に泊まり、ふかふかのベッドでやすむことができた。
 たっぷり風呂につかって、温めたベッドに飛び込んだ後、ジリアンは考えた。 ハーバートとパーシーの兄弟は、どこで寝ているんだろう。 ローマには、ラムズデイル商会の取引相手がいるらしいから、きっといい宿を紹介してもらえるに違いない。 お姉様たちと素敵な商店街で土産物を買うときに、腕っぷしの強い二人が付き添ってくれたら、楽でいいんだけど……。
 瞼が急速に重くなってきた。 二分もたたないうちに、ジリアンは完全に熟睡し、マントをひるがえしたパーシーが、コロッセオの壁からぶらさがって奇声を発している夢を見た。




 結局、ローマには年末ぎりぎりまで滞在することになった。
 要領のいいフランシスのおかげで、彼がついていってくれる時には、ラムズデイル兄弟と会えた。
 マデレーンとジリアンは、今いち姉のヘレンの反応に自信が持てなかったため、彼女が一緒のときは、たまたま兄弟と道ですれ違うことがあっても声をかけなかった。
 その代わり、母をうまく姉に押し付けることができた日には、兄と五人で羽を伸ばして遊び回った。 晴れた日には公園で凧揚げや池での石投げをやり、雨や雪だと暖かいカフェに入った。 一度だけだが、ダンスホールにこっそり行ったことさえあった。
 そこは、中流階級用の気取らない遊び場で、バンドが賑やかに地元の流行曲を奏でていた。 ここぞとばかり、ハーバートはマデレーンを離さず、ローマっ子に混じっていつまでも踊り続けた。
 フランシスも、土地のかわいい娘に誘われて、踊りの中に加わった。 それで、丸テーブルに残されたのは、ジリアンとパーシーだけになった。
 辺りに気を配りながら、ジリアンはワインの水割りを口に運んだ。
「あなたも踊ってくれば? 誘ってほしそうな娘さんが、こっち見てるわよ」
 テーブルに両手を載せて長い指を組んでいたパーシーは、ジリアンの言った娘を見ようともせずに、物憂い口調で答えた。
「綺麗だけど俺の趣味じゃない。 それに、俺が席を立つと君が一人になって、あっという間にオオカミどもの餌食になる」
「じゃ、二人で一曲ぐらいは踊りましょう。 じっと座っていたってつまらないわ」
 面倒くさくなって、ジリアンはそう提案した。








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