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手を伸ばせば その80


 残された娘たちも、慌てて席を立った。 ヘレンは真っ先にエミリア夫人に近寄り、優しい物腰で、家族が悪く思っていないことを伝えようとした。
「おもてなしありがとうございました。 妹との結婚のお話は壊れましたが、私たちイタリアに来られただけでも楽しかったです」
 エミリアは、少女のような大きな瞳にまたうっすらと涙を溜めた。
「ありがとう。 覚えていてくださいね。 私たち夫婦もレンツォ自身も、マデレーンさんを心から望んでいたことを」
 後ろでマデレーンが具合悪そうなすっぱい表情になり、あわてて下を向いた。
 それまで黙っていたアルディーニ伯テオが、ヘレンに頭を下げて、低く呟いた。
「あなたたちは、気立てのよいお嬢さん方だ。 お三人の幸せを願っていますよ」


 三人姉妹は、階段を上り切るまで無言で並んで歩いた。
 だが、寝室に入ると、一気にしゃべり出した。
「もう大丈夫ね!」
「あんなに泣くほどひどい縁談かしら」
「なんかホッとして、疲れちゃった」
 最後の言葉はジリアンのものだった。 三人は顔を見合わせて頷き、一斉にドサッとカウチに腰を落とした。

 部屋には心地よく暖炉が焚かれていた。  傍にあった薄い雑誌で顔をあおぎながら、ヘレンが言った。
「激動の一日だったわね」
「そういえば、フランクはどこ?」
 今ごろになって、マデレーンは兄がいないのに気づいた。 ジリアンはさりげなくフォローしておいた。
「町へ行ったようよ。 出発が早まったから、もう一度景色を見ておくんじゃない?」
「そうね、きっと」
 マデレーンは、ヘレンに見えないほうの目で軽くウィンクして、了解、とジリアンに伝えてきた。
 一方、ヘレンはうらやましそうに口を尖らせた。
「いいなあ。 行くとき知らせてくれれば、私もついていったのに」
 私なんか町巡りにさえ行けなかったのよ、港とヴェスヴィオ火山をちらっと見ただけなんだから、とジリアンは心の中でぶつぶつ言った。 だからローマでは心おきなく、いろんな所を見て回るつもりだった。


 船の手配は、パオロがやってくれた。 ジュリアは当然という顔をしていたが、午後に帰ってきたフランシスが、港でパオロに出会ったこと、彼が使用人も入れて八人分の切符を手に入れるのに苦労していたことを話した。
「あちこち回って大変だったから、お礼に料理店で昼飯をおごったんですよ。 彼は友達が多いようで、何人か挨拶していきましたよ」
「確かにいい子だけれど、庶民的すぎるわ」
 そう切って捨てて、ジュリアはじろりとジリアンに視線を当てた。
「おまえもそうよ。 あまり下々の者と親しくしないようにね」








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