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その79
ジュリアはエミリアの手を握り返し、表面は優しい声を出して尋ねた。
「どうしたの? お疲れのようね」
「ああ、ジュリー、私ショックで目まいがするの。 もう倒れそう」
ジュリアはさりげなく探りを入れた。
「今日は朝から皆さん落ち着きがなかったわね」
「そうなの」
ラヴェンダーカラーのハンカチをポケットから出して、エミリアは涙を拭った。
「ダレグリーニ長官のご子息が見えて、レンツォと妹さんのアレッシアを結婚させたいと……有無を言わさぬ申し込みで、ほとんど命令なの」
「まあ、それは良縁だわねぇ」
ジュリアの声が、ほんの少し冷たくなった。 その響きに気づいて、エミリアはあわてて言い訳を始めた。
「私たち夫婦は、マデレーンこそ息子の愛しい妻となるお嬢さんだと確信していたし、今でも心の底からそう思っているわ。 でも長官は、切り札を握っていて」
「どんな?」
さりげなく訊かれて、エミリアはうろたえた。
「つまり、この土地に関することなの。 長官は権力者だから。 わかるでしょう?」
「で、お話はまとまったのね?」
エミリアは下を向き、夫のテオは具合悪そうに低く咳払いした。
「ええ……うちには断る力がなくて」
それは本心からの言葉のようだった。
またジュリアの手を強く握ると、エミリアはジェイコブに悲しげな顔を向けた。
「申し訳ありません。 遠路はるばる来ていただいたのに、こんなことになって」
「いやいや」
ジェイコブは、熱のない口調で礼儀正しく答えた。
「残念ですが、起きてしまったことは仕方がない。 我々一家は、イタリアの風光明媚な都市をゆっくり回って帰りますよ」
「それでね、明後日からは正式なクリスマス行事も始まるし、早めにローマへ行こうと思うの。 いろいろ準備がおありでしょうから、ここに長居するのもご迷惑ですしね」
「そんな! 気のすむまでいらっしゃって!」
「ありがとう。 お気持ちだけ受け取っておくわ。 では、またお会いしましょうね。 ローマに着いたらすぐ手紙を書いてお知らせするわ」
ジュリアは手袋をはめた手を上げてエミリアの頬をさすり、威厳を持って立ち上がると、伯爵に一礼して夫の腕に掴まり、さっさと廊下に出ていった。
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