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手を伸ばせば その78


 一瞬間を置いてから、ヘレンが言った。
「素敵じゃないの」
 ジリアンは吹き出した。
「確かに、友達になりたいタイプよね、女にとっては。 聞いたとき、私もかっこいいと思った。
 でも、レンツォのような人には悪夢よ。 彼は、小柄でかわいらしくて、おとなしい女性が好みなの。 マディみたいな」
「マディのどこがおとなしいの?」
 ヘレンがニヤッとしたため、マデレーンは大げさに両手を振り上げてから、軽く叩いた。
「やぁね、こんなに淑〔しと〕やかなのに」
 二人がふざけて押し合いっこをしている横で、ジリアンは説明を続けた。
「レンツォは弱いものいじめなんだと、リカルドが言ってたわ。 領民や使用人には威張りちらすタイブ。 だから、奥さんに首ねっこを押さえられれば、いい気味だって」
「そのお嬢さん、ほんとにレンツォでいいの?」
 ヘレンが心配そうに尋ねた。 ジリアンも、その点が一番気がかりだった。
「他の男の人が怖がってプロポーズしないからって、あのレンツォじゃねぇ」
「彼女のほうが断ってくるかも」
 にわかに不安になって、三人は顔を見合わせた。


 四時半を回った頃、表から立派な黒塗りの馬車が入ってきて、きれいに掃き清められた玄関前に止まった。
 中から降りてきたのは、黒テンの襟がついた上等なマントをまとった青年二人だった。 どちらも堂々たる体格で、ハンサムというよりは威厳のある顔立ちをしていた。
 三姉妹は、窓のレース・カーテンの陰から、息を殺して来客を観察した。
「あれがダレグリーニ家からの使者ね」
「よく似てるから、兄弟よ、きっと」
「縁談のお相手のお兄さんたちかしら」
 たぶんそうだろう。 背伸びして姉たちの後ろから覗きながら、ジリアンは二人の青年がわざわざ玄関前の階段まで出てきたアルディーニ伯爵夫妻に迎えられて、中へ入っていくのを見守った。




 その夜の夕食は支度が遅れ、九時過ぎにようやく始まった。
 ただでさえいらいらしていたジュリアは、爆発寸前だった。
「本当に失礼な人たちね。 まる一日放ったらかしにしておいた上、満足に食事も出さないなんて」
「今日だけ我慢しなさい。 明日は早々に出発しよう。 やはり行くのはローマがいいかね?」
「ええ、あそこにはお友達もいるし」
 テーブルを挟んで夫妻が話し合っていると、廊下へ続く扉が開いて、アルディーニ伯爵夫妻が早足で入ってきた。
 どちらの顔にも疲れがにじんでいた。 特にエミリアはやつれがひどく、目の縁が赤くなっていた。
 食事室に入るなり、エミリアは小走りでジュリアに近づき、手を取って、不意に泣き崩れた。








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