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手を伸ばせば その76


 ジリアンは、額に手を置いて目をつぶった。
 頭がくらくらする。 辛うじて薄く目を開くと、異国的な温室の植物が、遠ざかったり近づいて見えたりした。
 ベンチの背もたれに掴まって、ジリアンはようやく体の揺れを抑えた。 そのとき、第二の鐘が、前より大きく響いてきた。 今度は本鐘で、ただちに食事が始まるという合図だった。
 行かなければ怪しまれる。 ジリアンは、不思議な目まいの余韻を、頭から、そして体から追い出し、急ぎ足で温室を抜けて、ドアをきっちりと閉め切った。




 ジリアンの予想通り、フランシスは午後になると、さりげなく姿を消した。
 他の家族は、レンツォの件で好奇心一杯になっていて、兄息子が屋敷にいないことに気づかなかった。 広い邸内は、伯爵一族だけでなく使用人も落ち着きを失い、足早に歩き去るか、部屋の片隅でひそひそ話をしている状態で、パオロでさえデナム家の人々の前に姿を見せなかった。


「どうなってるの? 昼食のとき、エミリアは顔を真っ赤にして鼻をかんでいるだけだし、伯爵は上の空で、何を聞いてもとんちんかんな答えばかりするし」
 午後のお茶の時間、喫茶室に集まった家族の中央で、ジュリアは遂に癇癪〔かんしゃく〕を起こした。
 隣にゆったりと座った夫のジェイコブが、なだめるように妻の腕を軽く叩いた。
「落ち着きなさい。 急に他人行儀になったのは、もう縁談を進める意欲がなくなったからじゃないか?」
 マデレーンは目を丸くした。 思わぬ嬉しさで、顔が薔薇の花のように紅潮した。
 ジュリアはつんと顎を上げた。
「それなら、こっちだって望むところよ。 さっさと断ってくればいいじゃないの。 そうなれば、うちの一族まとまってローマかヴェネチアに行ける。 こんな漁師町よりずっと華やかな都会で、素敵なクリスマスが過ごせるわ」
「じゃ、早めに荷造りしておくわね、お母様」
 ヘレンがちゃっかりと水を向けた。 そして、ジュリアにうなずいてもらうと、妹たちに目配せして席を立った。


 その頃には、ジリアンも激しいキスの衝撃から立ち直っていた。 それで、三姉妹そろって廊下に脱出するとすぐ、二人の姉に耳打ちした。
「こっそり事情を訊いてくるわ。 先に寝室へ行っててね」
「わかった。 がんばって」
 マデレーンが、今にも笑み崩れそうな表情で答えた。








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