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手を伸ばせば その74


 リカルドのとき以上に、ジリアンは焦った。 広い庭の外れならともかく、こんなに屋敷に近いところに、堂々と現れるなんて! 同じ英国人の若者と、中庭で逢引していたなんて思われたらどうしよう!
 大慌てで、ジリアンは両手を使い、隠れて! とパーシーに合図した。 パーシーは物知り顔でニヤニヤしながら、温室の向こう側に引っ込んでいった。


 ジリアンは、すぐ図書室に向かった。 そして、兄から教わった小部屋からの通路を使い、うまく温室に入り込んで、ジャングルのように茂ったシュロの木の奥にあるガラス戸を開き、パーシーを手招きした。
「こっちよ! 早く!」


 そのとき、パーシーは裏門の方角へ歩き出していた。 もしかすると、ジリアンを困らせるため、いたずらで屋敷の近くまでやって来たのかもしれない。
 それでも、背後から小声で呼ばれて、彼はすぐ振り返り、嬉しそうに鉄とガラス板で組み立てられた巨大な箱型の施設に入ってきた。
 温室の中は、外より少なくとも十度は暖かかった。 パーシーは、南国の樹木やシダ類がところ狭しと生い茂った空間を、珍しそうに眺め回した。
「すげえな。 妙な形した草だらけだ」
「確かこっちにベンチがあるはず。 あ、これこれ」
 二人は、真冬にもかかわらず赤と黄の花を咲かせている、名前のわからない茂みの横に腰掛けた。
 ジリアンには、パーシーに訊きたいことが沢山あった。 何としても一言いっておきたいことも。
「ねえ、追いはぎがどんな重罪か、知ってる?」
 パーシーは、整った眉を吊り上げて笑い出した。
「心配するなって。 正体がばれるようなヘマはしないさ。 いくらレンツォが乱暴者でも、こっちは三人だ。 反撃してきたらぶん殴って気絶させるぐらい……」
「それは、他の人たちがやっちゃったのよね」
 パーシーの言葉を遮って、ジリアンは溜息をついた。 パーシーは反省のかけらも見せず、くすくす笑った。
「見ててスッとしたぜ。 中には棍棒〔こんぼう〕振りかざしてる奴もいたが、頭を殴ろうとしたとき、親玉が止めさせた。 それで、殺す気はないとわかったんだ」
「もしかしたら、襲った連中は、ダレグリーニという家の人じゃないかと思うの。 まだ誰も知らないはずなのに、もうお見舞いだと言って、さっき来ていたから。 パオロがその人たちを見て、青くなっていたし」
 そういえば、リカルドにダレグリーニのことを訊くのを忘れたな、と、ジリアンは気づいた。
 その名前を聞くと、パーシーは体を倒してベンチの背もたれに寄りかかり、低く口笛を吹いた。
「ダレグリーニだって? それってナポリの行政長官じゃないか。 公爵じゃないけど通称ナポリ公って言われている実力者なんだってさ。 ハービー(=ハーバート)によると、この港で貿易したいなら、ナポリ公にお伺いを立てないと、すぐつぶされるらしい」
「まあ……」
 そんな大物に、レンツォはいったい何をしたんだろう。 ジリアンは少し怖くなってきた。








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