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手を伸ばせば その73


 歩いているジリアンを先に見つけたのは、リカルドのほうだった。
 彼は珍しく冷静さを失っていて、広い廊下をすべるように走ってくると、ジリアンの前で急停止した。
「ああ、よかった! 少しでも早くお話したいことが……」
 あわててジリアンは周囲を見渡し、他の使用人がいないことを確かめてから、たまたま横にあったピアノ室にリカルドを引き込んで、ドアを閉めた。
「ここなら話せるわ。 何があったの?」
「財布ですよ。 これ」
 ほとんど叫ぶように言って、リカルドは内懐から革の袋を引っ張り出した。
「いくら入ってると思います? ナポリの街中でちょっとした家が買えるほどの金額ですよ」
 袋の口を開くと、中に金貨が光っているのがわかった。 ジリアンは袋の正体をすぐ悟ったが、一応訊いてみた。
「どうやって手に入れたの?」
「わたしが? 違いますって! 誰かが明け方に、スザンナの家に放り込んでいったんです」
 やっぱり。 ジリアンは、兄たちのいい加減なやり方にあきれた。
「他の人に見せた?」
 リカルドは大きく首を振って否定した。
「見せるわけないでしょう。 こんな大金、盗んできたと思われたら」
「そうよね。 誰にも言わないほうがいいわ。 黙って受け取って、これからの暮らしに使ったらいいと思う」
「でも……」
「レンツォはスザンナを追い出そうとしたんでしょう? そう兄が言っていたわ。 そのお金があれば、よそへ行って楽に暮らしていける。 そうでしょう?」
 リカルドは口をつぐみ、目を光らせてじっとジリアンを見た。
 それから、重々しく声を出した。
「ここまでしていただけるとは思いませんでした」
「え? 私たち……私は何も」
「わかってます」
 そう呟くと、リカルドはうやうやしく胸に手を当てて一礼した。
「安心していいとスザンナに話します。 引越しを手伝ってやりましょう。 これであの子は新しく出なおせる。 本当にありがたいことです」




 雇い人とはいえ、若い男性と二人きりで部屋にいたのを知られてはまずい。 ジリアンは一旦外に出て、テラス沿いに近くの部屋へ入り、そこから廊下に戻ることにした。
 だが、フランス窓を開いて足を踏み出したとたん、低い口笛が聞こえた。
 反射的に顔を上げて、ジリアンはぎょっとした。 左横に突き出ている温室の角から、灰色のマントを着たパーシーが上半身を乗り出していた。








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