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手を伸ばせば その68


「レンツォは、途中で用があると言って、村に立ち寄ったんだ。 これは危ないと思ったんで、くっついていった」
「そしたら、スザンナの家へ?」
 胸騒ぎを感じながら、ジリアンが尋ねると、フランシスは顔をしかめて頷いた。
「中へ一人で入って、すぐ怒鳴り声が聞こえてきた。 放っておけないからドアを開けると、あいつ、スザンナの腕をねじって脅してた」
 ジリアンの眉が逆立った。
「何て奴!」
「僕に見つかったと知って、手は離したが、イタリア語で罵っていた。 そして、部屋を歩き回っては、毛布や上着なんかを拾ってぶつけていたから、きっと村を出ていけと脅迫してたんだろう」
 日頃の陽気さはどこへやら、さすがのフランシスも真剣な表情に変わっていた。
「それから二人で町へ行ったんだが、僕にはいろいろ言い訳してたよ。 あれは嘘つきの浮気女だ、騙して金を巻き上げようとするから、君も可愛い顔に引っかからないように、だってさ」
「ああ、ぶん殴ってやりたい!」
 ジリアンが天井を向いて唸ると、フランシスはその肩をポンと叩いた。
「スザンナは泣いてたが、僕が目で合図すると、かすかに頷き返した。 あの人は、見かけより強いよ。
 でも、もう時間的余裕はない。 町の銀行で、旅行手形を使って金を引き出してきた。 それに、さっきリカルドに会ったから、実家にスザンナ親子をかくまってもらうことにした。
 さてそれで、どうやってレンツォをこらしめるかだが」
「もう温室に呼び出す計画は使えないわね」
 ジリアンは溜息をついた。
「マディを本気で狙ってるらしくて、この屋敷の中では使用人を追いかけないようにしてるし。 台所係のフランカと廊下ですれ違ったとき、しげしげと顔を見てたけど、声はかけなかったわ。 その後、誘われたという話も聞かないの」
「そっちで罠にかけるのは無理か」
 フランシスも重い息を吐いた。
「じゃ、最終手段しかないな」
「え?」
 兄の言葉に並々ならぬ決意を感じ取り、ジリアンは顔を上げた。
「そんなのあった?」
「あるんだよ」
 フランシスは、茶色の長い睫毛に縁取られた形のいい眼を、きらりと光らせた。
「ただし、ちょっと危険だし、うまく話がまとまるかどうかもわからないんで、しばらく内緒だ」
「えー〜〜!」
「怒るなって。 明日には話せると思う。 少しだけ我慢しな」
 フランシスは眉に指を当て、敬礼の真似事をして、さっさと図書室を出ていってしまった。








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