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手を伸ばせば その66


「お殿様のつもりなんだろうな。 もう中世じゃないのに」
「昔に生きてたって嫌われ者で、部下に暗殺されるタイプよ」
 ジリアンは憤然と言った。
「暗黒城のエロサド伯爵ってか?」
「そんな感じ。 一揆が起こって、領民に城壁から突き落とされるみたいな」
「ふーん」
 パーシーは口を曲げて笑った。 何か面白いことを思いついたように、目が光った。


 ハーバートとマデレーンは、いつまで待っても追いついてこない。 ジリアンに指摘されて、パーシーが立ち上がって探すと、池の向かい側の木陰で、彫刻のように抱き合って動かないでいた。
「じっとしてりゃ見つからないと思ってるんだよ、あいつら」
 パーシーのからかいには答えずに、ジリアンも席から立って、手で風に舞う髪を避けながら、姉たちの姿をじっと見つめた。 そのうちに口の中が乾いてきて、胸が締め付けられるような気分になった。
──恋をするって、どんなだろう。 周りから見ればごく普通の男の子が、アポロか天使ミカエルのように見えるというけれど──
 信じられない。 ジリアンは横に顔を向け、指をピストルの形にして池の鴨を狙っている少年を、うさんくさげに眺めた。 彼はこうして冷静かつ客観的な眼差しで見ても、飛びぬけた美しさを誇っていた。
──平凡な若者が、この人みたいに感じられることなんて、あるのかしら。 初めて会ったときから、パーシーは光っていた。 ハーバートやリュシアンも綺麗だけど、この人はきらきらしていて、やたら目立つ──
 そのくせ、やることはそこら辺の農家の子より荒っぽく、ガキくさい。 見た目と中身の落差が大きすぎて、ジリアンはいつも戸惑った。
──あーあ、顔がよくて中身ぐちゃぐちゃがいいか、見かけはそこそこでも賢くて安心できる人がいいか──
 断然、後のほうだ。 なんとなく残念な気がする心を容赦なく押しつぶして、ジリアンはパーシーの腕に手を置いた。
「もう息が切れたのは収まったわ。 誰かに見つからないうちに、屋敷へ戻りましょう」
「よし。 あいつらを引き剥がしに行くぜ」
 パーシーはすぐ、勢いをつけてベンチから立ち上がった。


 池を左側から回っていったほうが、距離が近かった。 吹き寄せられた色とりどりの落ち葉を踏みながら、ずんぐりした石で囲った池の縁を歩いていくと、小さなせせらぎが流れ出しているのが見えてきた。
 パーシーは簡単に飛び越えた。 だが、もうスカートが長くなったジリアンには、ひとっ飛びというのは無理だった。
 流れが細くなって、飛び石を真中に置いてあるところを、パーシーが見つけた。
「こっちだ。 おいで」
 ジリアンは裾をたくし上げて、踏み石に足を置いた。 それでも、小柄な彼女としては大股になったため、バランスを崩してよろめいた。
 すぐパーシーの腕が伸び、ジリアンの脇の下を支えて、軽々と抱き取った。
 ぐいっと持ち上げられて、ジリアンの上半身はパーシーに覆いかぶさる体勢になった。








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