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手を伸ばせば その64


 マデレーンが散歩に行きたがったため、ジリアンと二人、暖かいコートに身を包んで、十一時少し過ぎに西の裏口から庭に出た。
 毛皮のマフに手を入れて、白い息を吐きながら、植え込みが整列している低い石垣沿いに歩いていると、どこかからシュッという音が響いてきた。
 二人は、きょろきょろと周囲を見回した。 すると、大きく茂った笠松の幹から、パーシーがヒョコッと顔を突き出した。
「ブオン・ジョルノ(=おはよう)、お嬢さん方」
「あら」
 マデレーンが、露骨にがっかりした顔を見せたので、ジリアンは笑い出した。
「ハーバートじゃなくて残念ね」
「僕もいるよ」
 弟の横から、ハーバートも顔を見せた。 とたんにマデレーンの頬が桜色になった。
「ハーブ!」
 妹が見ていようがお構いなしに、マデレーンが両手を差し出すと、ハーバートのほうもパーシーを押しのけるようにして歩み寄り、マデレーンを腕に抱いた。
「会いたかった〜!」
「僕も」
 あまり堂々と頬ずりし合っているので、ジリアンは心配になって、周囲に目を配った。
「ねえ、そろそろレンツォが戻ってくるかも」
「さっき黒馬で出かけた大男?」
 ぶらぶら傍まで歩いてきたパーシーが尋ねた。 ジリアンはせわしなく頷いた。
「そう。 茶色の馬で後から行ったのが、兄のフランシスよ。 見た?」
「見たよ。 道の途中ですれ違った。 君の兄さんが大男に追いついて、丘のほうへ一緒に上がっていった。 大男は迷惑そうだったけど」
 フランクはレンツォを引き止めるのに成功したんだわ──ジリアンはホッとした。


 気がつくと、パーシーがすぐ近くに寄り添って、コートの背中に垂らしたフードを持ち上げ、ジリアンの頭に被せていた。
「冷え切ってるみたいだぞ。 唇なんか紫色だ」
「じっとしてるからよ。 行儀よくしてなさいってお母様が言うから、テニスも乗馬もできないの。 横乗りの鞍なんか大嫌いだし」
「じゃ、駆けっこしようぜ、あの池まで。 十数えるハンデつけてやるよ。 ほら、兄貴たちも走れ!」
 乱暴にハーバートを押してよろめかせると、パーシーは大声で数え始めた。
「一、二、三」
「僕は五で走るからな。 おまえ足速いから」
 そう言い残してハーバートは、笑いさざめきながら木陰に消えていく娘たちを追った。
「おい! 汚ねーぞ!」
 罵りながらも、パーシーはきちんと十数えてから、頭を低くして猛然と走り出した。








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