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その63
この地方では、夏に乾燥した天気が続き、冬に雨が多い。
翌日、朝から低い雲が空を覆っていたので、ジリアンは雨が降るかと心配したが、朝食が終わる時分には灰色の雲が切れ、隙間から太陽が顔を覗かせた。
レンツォは十時過ぎに黒の二重マントを着て、裏庭に現れた。 ジリアンは彼の様子に気を配っていたため、彼の声が響いてくるとすぐ、さりげなくテラスのガラス扉に近寄って、カーテンの脇から観察した。
レンツォは、明らかにいらいらしていた。 手に持った乗馬鞭を手近な樹木の幹に何度か叩きつけ、馬を連れてきた厩番に怒鳴ったあげく、手綱を乱暴に取り上げた。
それを見て、ジリアンは不安になった。 急にレンツォが不機嫌になった原因は、たぶんあの手紙だ。 想像以上に母親が甘やかしているから、我慢ということができないにちがいない。 こんなときに子供の養育費をねだったスザンナに、彼が当たり散らしたら……。
あわてて、ジリアンは廊下に出て、兄を探した。
すると、フランシスも乗馬服に着替えて、階段めがけて近づいてきた。 ジリアンは兄に駆け寄った。
「レンツォが夕立雲みたいな顔で、馬に乗ってったわ」
「そんなことじゃないかと思った。 昨日会って、噂以上に自分勝手な奴だとわかったから、後をついていくつもりだ。 スザンナを護らなきゃな」
「よかった! 急いでね。 凄い勢いで今出ていったから」
フランシスは身を翻し、階段を二段飛ばしで駆け下りていった。
午前中、ジリアンはずっとそわそわしていた。 姉妹に割り当てられた部屋を歩き回り、何度も窓から外を見る。 あまりに度重なったせいで、ゆったり座って替え襟に刺繍をしていたヘレンが眉をひそめた。
「どうしたの、ジリー? 運動が足りないなら、マディと散歩に行っていらっしゃいな」
自分の落ち着きのなさに気づいて、ジリアンは困った。
「ごめんなさい。 退屈なの。 下の図書室に行って、本でも読むわ」
とたんにマデレーンが窓際の長椅子から立ち上がって、ジリアンに並んだ。
「私も行く。 気分転換に」
「そうして」
刺繍枠を膝に置くと、ヘレンは目を閉じて鼻筋を指で揉んだ。
「実は私も落ち着かないの。 このお屋敷、昨日からピリピリしていると思わない? それまでは楽しい雰囲気だったのに」
ヘレンは暗に、レンツォの帰宅が及ぼした影響を語っていた。 これはチャンスだ。 ジリアンは長姉の横にすばやく座り込み、気楽な口調を装って話し出した。
「レンツォって、なかなか姿のいい人よね」
「まあね」
ヘレンは冷淡に言った。
「でも、押しが強いわ。 話していると、だんだん腹が立ってくる」
「そう! そうなのよ!」
マデレーンが叫んで、ジリアンと二人でヘレンを挟むように腰を下ろした。
「言い方は優しいんだけど、何でも独り決めするの。 こっちに座ったほうが暖かいですよ、とか、クレーム・ド・マントーは貴方にはまだ飲むのは早すぎますね、とか」
「パオロのほうが、断然いい人よね」
ヘレンは重苦しい溜息をついた。
「だのになぜ、エミリアさんは長男ばかり見てるのかしら」
「厚かましいほうが頼もしい、と思ってるんじゃない?」
珍しく、マデレーンが辛辣〔しんらつ〕なことを言った。
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