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その62
二十分ほどで、リカルドが仕事の合間を縫ってやって来た。 三人は、スザンナが訴えそうな手紙をこしらえ、リカルドがイタリア語でわざと汚く清書した後、レンツォの鞍袋の中に、少しはみ出る形で挟んでおくことにした。
「レンツォ様は乗馬が好きで、天気がよければ日に一度は馬を使います。 だから、たぶん明日には気づくはずです」
「手紙を読んだら、その足で村に行くかしら」
ジリアンは、期待を込めて尋ねた。 リカルドは難しい表情になって下を向いた。
「そういう人ならいいんですが。 まあ、口止めはしたいでしょうね。 今、縁談が起きている最中ですから」
ジリアンたちがレンツォと正式に紹介されたのは、晩餐の席上だった。
長男が帰ってきたので、エミリア夫人は帰国祝いを奮発して、豪華なホロホロ鳥の焼き物をメインに、平目のハーブ・ソース添えやパセリとチコリのサラダなど、ご馳走を次々とテーブルに供させた。
デザートも華やかで、マジパンを使った花形のケーキをはじめ、凝った美しいものが並んだ。 その様子を見ると、エミリア夫人がどれほどレンツォの帰宅を喜んでいるかよくわかる。 ジリアンは気が重くなった。
当のレンツォはどう見えるかというと、これはなかなか立派だった。 前もって正体を知っていなければ、ジリアンでも彼の堂々とした押し出しに騙されたかもしれない。 広い肩幅に、黒の正装はよく似合い、レースつきの真っ白なシャツが清潔感を添えていて、一人でいれば充分ハンサムなパオロの影が薄くなるほどの美男ぶりだった。
レンツォは、母親の配慮でマデレーンの隣に席を取り、優しく話しかけていた。 マデレーンのほうはうつむき加減で、短く二言三言答えるだけだ。 はにかんでいるように見えるが、実は硬くなって居心地の悪さを感じているのが、ジリアンには伝わってきた。
夕食後、席を立ったマデレーンに腕を貸して、レンツォは隣の談話室に連れていった。 ジリアンははらはらしたが、案ずるまでもなく、五分としないうちにマデレーンは一人で部屋から出てきた。 口元にハンカチを当てている。 食堂を出ようとしていたジリアンの横を通り抜けるとき、マデレーンはごく小さな声で囁いていった。
「すぐに口説いてきたの。 うまい具合にくしゃみが出たから、風邪ぎみだと言って逃げてきたわ」
急いで向きを変え、ジリアンは姉に並んでドアを出た。
「彼をどう思う?」
マデレーンは首をすくめ、小さく身震いした。
「すごくハンサムね。 でも、私には合わない。 手を握られたとき、突き離したくなったの。 触られたくないって、そう思った」
やっぱり相性が悪いんだ。 ジリアンは、レンツォの外見的な魅力に惑わされなかったマデレーンが頼もしく、ほっと胸を撫でおろした。
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