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手を伸ばせば その61


「何書いてるの?」
 ドアを閉めてからジリアンが訊くと、フランシスは狡そうな笑顔を浮かべた。
「作戦用の手紙だよ。 レンツォの奴から、子供の養育費をむしるための。 書き上げたら、リカルドがイタリア語に直して代筆してくれるそうだ」
「簡単にお金を出すかしら」
 ジリアンには自信がなかった。 ちょっと観察しただけだが、レンツォは見るからに気位が高く、召使など木彫りの人形ぐらいにしか思っていないようだった。
 フランシスは眉を上げた。
「そこだよ。 手紙では下手に出て、ひたすら頼むんだ。 それでも無視するようなら、本物の冷血漢だから、容赦なくつぶす」
「どうやって?」
「こっちにおいで。 ほら、ここ」
 フランシスに手招きされるままに、ジリアンは広い図書室を斜めに横切り、右奥の本棚に近づいた。
 フランシスが、その本棚の角を引くと、豪華な皮装丁の本がぎっしり並んでいるように見える棚が、軽々と手前に動き、隣の部屋に続いているのがわかった。
 ジリアンは、別に驚かなかった。
「よくある仕掛けじゃない? ミルトおば様様の図書室にもあったわ」
「確かに。 だが目新しいのは、こっちの部屋にも仕掛けがあることなんだ」
 そう言って、フランシスは隣の小部屋に入り、正面にあるマホガニーの飾り棚に手をかけた。
 すると、この棚も音を立てずに開き、目の前に長方形の温室が広がっていた。
「パオロが教えてくれたんだ。 温室の向こうの出口には、脇にオリーブの大木が生えていて、姿を見られずに屋敷から出ていけるらしい。
 家族は、特に息子たちはよく使っていて、秘密じゃないんだが、いきなり姿を現すにはうってつけだろう?」
「いきなりって?」
「つまり、温室で密会してるときに、ワッと飛び出すにはさ」


 ようやく、ジリアンにも兄の企みがわかりかけてきた。
 この寒い時期、蘭や流行の椿などの異国の植物を護るため、温室には暖房が入っている。 秘密の待ち合わせには、ぴったりの場所だ。
「レンツォを、この温室に呼び出すの?」
「そうだ。 そして、スザンナとチチェーリア母子と対面させる」
「自分の子と認めなかったんでしょう?」
「だから一対一で会うのさ。 他にいなかったら、レンツォでも本音を吐くだろう」
「それを偶然、お兄様が聞いてしまうと」
「そうそう」
 二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑い交わした。








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