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手を伸ばせば その58


 深紅の壁紙が優雅な喫茶室で、ジリアンはフランカのことを兄に告げ、それから思い切って、ラムズデイル兄弟がナポリに来ていることも打ち明けた。 話そうかどうしようか、ずっと迷っていたことだった。
 フランシスは唸り、金色の髭が薄く伸びかけた顎を、手のひらでこすった。
「ヘレンが手紙でこぼしていた相手か。 でも、そいつの家は貿易商なんだろう? じかに肉や下着を売ってるわけじゃないし、なりたてとはいえ一応貴族なんだし、その男が本気なら……」
「もうマディに夢中よ」
 ジリアンは保証した。
「マディもハーバートが大好きなの。 彼は真面目で面倒見がよくて、マディは甘え上手だから、相性もぴったり」
 フランシスは、口をへの字にした。
「退屈そうな男だが、マディがいいと言うなら、夫にするには無難だな」
「そうでしょう?」
 ジリアンは勢いづいた。
「女たらしのレンツォより、百倍も上よ」
「いっそマディも子供作っちゃえばいいんじゃないか? そうなったら嫌でも結婚させなきゃならないから」
 ぶっそうなことを言って、フランシスは、長い足を伸ばして横たわったベルベット張りのカウチの上から、パチッと妹に片目をつぶってみせた。


 あたりが薄暗くなった頃、町見物に出かけた一行が戻ってきた。
 予想通り、ジュリアの機嫌は悪かった。 遠出の疲れもあったのだろう。 急いで迎えに出たジリアンを見つけると、すぐ鋭い声が飛んだ。
「出かける前にずいぶん探したのよ! 親に無断で外出するなんて、とんでもない子ね!」
「ごめんなさい、お母様」
 素直に詫びるジリアンの背後に、フランシスが立って、両肩に手を置いた。
「僕が連れ出したんですよ。 村に行ってみたかったから」
「村なんかで何をしていたの?」
 ジュリアは、きれいに整えた眉を上げた。 フランシスはあいまいな微笑を浮かべた。
「退屈しのぎ。 ジリーはおしゃべりだから、連れていくと飽きないんです」
 仲のよさそうな兄と妹を、ジュリアは見比べた。 そして、ずばりと言った。
「悪ふざけをたくらんでいるんじゃないでしょうね」
「違います!」
 フランシスは急いで答えた。 タイミングが少し早すぎるぐらいに。


 兄の助け舟のおかげで、ジリアンは罰を受けずにすんだ。
 姉たちは、末の妹の分も忘れずに、土産を買ってきてくれていた。
「ほら、キッド皮の手袋。 ジリーは私と手のサイズが同じでしょう? だから、似合うと思って」
「ありがとう! 素敵だわ」
 着替えに戻った三人の寝室で、ジリアンが立ち上がってマデレーンの頬にキスすると、ヘレンも負けずに革の小箱を出してきた。
「こっちはお父様が買ってくださったの。 私たち三人に一つずつね。 あなたのは人魚の柄にしたわ。 かわいかったから」
「わっ、凄い!」
 ジリアンはヘレンにも飛びついてキスし、精巧なカメオのブローチを飽かず眺めた。








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