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手を伸ばせば その57


 リカルドが、もう少し残って家の修理をやると言うので、帰りはフランシスが馬車を御していくことになった。
 土のままの道をのんびり揺られて戻る兄妹は、表面的には軽口を叩いていたが、今日見たものを内心深刻に受け止めていた。
 未婚で子供を産んだせいで、村はずれのボロ小屋に追放されたスザンナ。 それでも赤ん坊のチチェーリアを見捨てたりせず、一生懸命に育てている。 嫌いな男の子供なのに。
「なあジリー」
 怒りの溜息を押し殺して、ジリアンは兄に顔を向けた。
「なに?」
 鞭をほとんど使わず、手綱だけで上手に馬を操りながら、フランシスはのんびり言った。
「小間使いやメイドの中で、綺麗な子、特にスザンナに似たタイプの新入りを見つけといてくれ。 きっとレンツォが手を出すから」
「それでまた犠牲者が増えるのね」
 ジリアンが頬をふくらませると、フランシスはニヤッと意地悪げに笑った。
「今度ばかりはそうはいかない。 少なくとも、僕が見張ってるときはね。 おまえも手伝ってくれるだろう?」
「もちろん!」
 兄に頼られて、ジリアンは張り切った。




 アルディーニ伯爵の屋敷に帰りついたとき、時計は四時半を回っていた。
 両親と姉二人は、エミリアと連れ立ってナポリの町へ出かけたそうだった。 ジリアンがフランシスと勝手に外出したことで、母のジュリアはおかんむりだったという。 町から戻ってきたら、さぞ怒られるだろう。 ジリアンは気が重くなった。


 それでも、ジリアンは家族のいない時間を有効に使った。 ショールをどこかへ置き忘れたという口実で、屋敷のあちこちを歩き、若い女性の雇い人たちを見て回った。
 イタリア語がほとんどわからないので、確実とはいえないが、奥様付きのメイドとコック見習の少女が、新しく補充されていた。 しかも、両方ともスザンナに似た黒髪の美少女だった。
 レンツォは、母のエミリアに頭が上がらないらしい。 そのエミリアの元にいるメイドにちょっかいを出す勇気はないだろう。 とすれば、台所にいるフランカがもっとも危ない。
 主にフランカを見張るように言おう。 ジリアンはそう決め、兄のいる喫茶室に急いだ。








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