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手を伸ばせば その55


 ジリアンは、ちょっと複雑な気持ちになって、兄を見やった。
 フランシスも、眩しそうな表情をして、ちらりとリカルドを眺めてから、ジリアンに目を向けた。 二人はどちらも、同じことを考えていた。 うちの両親は、子供たちを大切に思っているだろうか。 家系を絶やさないために、義務として産んだだけではないのか。
 イタリア人は家庭を大切にする。 特に子供は可愛がると聞いた。 国としてのまとまりを欠くため、信頼できるのは血縁だけだから、という事情はあるだろう。 それにしても、家族が愛し合うのはうらやましい気がした。


 土埃の立つ中をしばらく行くと、レンガや石を積み重ねた小さな家々が、道の両側にへばりつくように並んだ一角が目に入ってきた。
 そのうちの一軒で、裏庭に山のような洗濯物がひるがえっている家を、リカルドは鞭の端で指し示した。
「あそこです」


 馬車を止めた後、リカルドは身軽に飛び降り、ジリアンに手を貸した。 一方、フランシスは自分でさっさと降りてきた。
 日差しに手をかざして目を守りながら、フランシスは呟いた。
「相当困っているようだな。 ほら、屋根の端が今にも落ちそうだ」
「家を直す男手がないもので。 スザンナは去年、父親をなくしたんです」
 リカルドが、気の毒そうに声を落として答えた。
「お二人がスザンナと話し終わって、まだ時間があるようだったら、わたしが上って直しておきますよ」
「親切なのね、リカルド」
 ジリアンが感心して言った。


 リカルドは、隙間の開いた扉に近づき、ノックした。 そっと叩いたのだが、とたんに中で赤ん坊が泣き始めた。
 当惑顔で、リカルドは何かイタリア語で呟いた。 たぶん、しまった、起こしちゃったか、とでも言ったのだろう。
 間もなく扉が細く開き、若い女の大きな眼が覗いた。
「リカルド?」
「シー」
 彼女とリカルドは、早口のイタリア語で言葉を交わした。 その後、スザンナらしい女性は戸口を大きく開け、リカルドの背後で待っていたフランシスとジリアンに、膝を曲げて丁寧に挨拶した。


 家の中は薄暗かったが、きれいに片付いているのがわかった。 スザンナは客たちを入れるとすぐ、小さな窓際に置いた籠の中から赤ん坊を抱き上げ、やさしく揺すって泣き止ませた。
 リカルドが、持ってきた籠を白木のテーブルに載せ、被せていたスカーフを取った。 中には、白パンやワインの瓶、紙に包んだミートパイなど、様々な食べ物が小山のように詰め込まれていた。








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