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手を伸ばせば その54


 運動神経のいいフランシスは、異国の枯れ芝の上でもよく健闘した。 成績はパオロに次いで二位で、冷気にもかかわらず額にうっすら汗をにじませて、妹たちの坐るテーブル近くにご機嫌で戻ってきた。
「見たかい? もうちょっとで基準球近くに三個残せるところだったんだ」
「惜しかったわね。 中でジュースでも飲みましょう。 もうじきお昼になるわ」
 そう言って、うまく兄の肘に腕をからませると、ジリアンは二人だけになれるテラス沿いの廊下へ引っ張っていった。


 兄妹の内緒話は長引き、昼食の席に滑り込みセーフとなった。 椅子に腰掛けても息を弾ませている末娘を、母のジュリアはじろりと一瞥〔いちべつ〕した。
「頬が真っ赤じゃないの。 どこを走り回っていたの?」
「元気でいいですよ。 若者ははつらつとしているのがいい」
 ジュリアを最賓客として横に坐らせているアルディーニ伯爵が、微笑と共にとりなした。 彼はどうやら、活気のあるジリアンがお気に入りのようだった。


 気もそぞろに軽い昼食を取った後、ジリアンは姉たちの目を盗んでフードつきのマントを持ち出し、フランシスと図書室で待っていた。
 棚に置かれた銀製の時計が、細いチャイムを鳴らして二時を告げた直後、アーチ型の扉が開き、リカルドがすべりこんできた。
 彼は、お仕着せを脱いで地味な茶色の上下をまとい、鳥打帽を被っていた。 窓際で振り返ったフランシスに気付いて、頭を下げた後、リカルドは早足でジリアンに近寄った。
「親の様子を見に行くと言って、四時間休みをもらいました。 村はここから馬車で十五分ほどです。 荷馬車しか借りられませんでしたが、よろしかったら」
「まあ、ありがとう! 御者席が狭いなら、私は荷台に乗るわ」
「僕が乗るから大丈夫だよ」
 コートを肩に引っ掛けると、フランシスが笑いながら言った。


 その日は朝から快晴で、冬とは思えない暖かな日差しが降り注いでいた。
 フランシスは、広い荷台で悠々と足を伸ばし、御者席の後ろに腕を置いて、前の二人と話を交わした。
「うちの上級生にも、弟の乳母さんと仲良くなった奴がいるよ。 ただ彼は、その人と駆け落ちして正式に結婚したけどね。 幸い、お祖父さんの遺産を受け取ってたもんで」
「男は好きな人を守るものです」
 手綱を巧みに操りながら、リカルドがしっかりした口調で言った。
「子供は宝だ。 そう言われて育ちました。 血を分けた子供を大事にしないで、いったい何を大事にするんです?」









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